25 本城と福井

 二人が箸を使えるかどうかわからないので、ひかるは、スプーン・フォーク・ナイフもそろえてセットした。それすら使えるかどうか、わからないのだが。


 新人の二人は、興味深げにひかるの作った料理を見ていた。

 今日作ったのは、食べやすいだろうということもあって、よく作るオムライスと、ポテトサラダとオニオンスープだった。成瀬と自分には普通の量を、新人たちにはごく少量を盛り付けた。


「いただきます」

 と言って、全員で食べ始めた。まるでエイリアンっぽくない光景だ。

 果たしておいしいと感じてくれるのか、ひかるには不安だった。初めて成瀬に作ったときのように、心を込めて作ったつもりだったが、大丈夫だろうか?


 スプーンを上手に使って、オムライスを食べ始めてまず、福井がにっこりと微笑んだ。

「おいしいですね」

「本当に」

本城も、微笑んで同調した。

 ひかるは、ホッとした。自分の真心が通じたんだ、と嬉しくなった。



 ひかるが勤めていた会社のすぐ近くのビルに、成瀬は本当にワンフロア借り切っていた。

 『有限会社グレイトヒーローズ』という看板を掲げ(政府に以前から経理を丸投げしている架空の会社名なんだそうな)、机・椅子・テーブル・キャビネット・パソコンといった事務用品をそろえ、一見どんな仕事をしているのかわからないが、まっとうそうには見える会社のていにしたのであった。


 ワンフロア借り切ったのには、理由があった。スタジオとして使っていた広いスペースがあり、そこで戦闘訓練ができるからだ。


 ひかるは事務用品の買い出しに行っていて留守にしていたので、その間に成瀬は、後継者の二人にいろいろ教えようとしていた。


 成瀬は、本城と一緒に訓練室に入った。

「いざとなったら、レーザーバレットを使うとしても」成瀬は、本城に言った。「人がいる前では、彼らの知らない武器を使うわけにはいかない。そこで」

成瀬の手の平に、いきなり拳銃が現れた。

「こういう形の物をヴァーチャルで作って、こういう風に撃つ」

引き金を引くと、銃口から、威力を消したレーザーバレットが照射された。

「ただ気をつけなければならないのは、日本ではこの形の武器でも、持てるのは警察官に限る。だから一般人に見られた時は、『警察です』と言って」

 今度は、成瀬の手の平にヴァーチャルの警察手帳が現れた。

「これを胸ポケットから出して一瞬だけ見せる。いいね?」

「わかりました」

 本城はそう言うと、ヴァーチャル銃を右手に出し、それを握って撃って見せた。


「成瀬リーダー、私は格闘技もたしなむのですが、ボクシングとか柔道のような、地球のポピュラーな格闘技っぽい動きをした方がいいですかね?」

「そうだな、なるべくそうしてくれ」

 順応性が高い。頼もしいな、と成瀬は思った。



 成瀬は次に、福井の様子を見に事務室へ行った。

 福井には、パソコンのセッティングを頼んでいた。といっても、実際はパソコンの画面にヴァーチャル・モニターを重ね合わせ、スペース・シップの高性能なAIを利用できるようにしてもらっていたのだ。


 福井は既にセッティングを終えていて、何やらパソコン(ヴァーチャル・モニター)を使って作業をしていた。

「成瀬リーダー」

 福井は何か気になるのか、首を傾げた。

「リーダーが倒して『クラウド』に収容したバイオビーストを調べたんですが、人工的に孵化させられた可能性があります」

「なんだって?」

 報告内容もそうだが、この短時間でそんなことまで調べていたのか、と成瀬は二重に驚かされた。


「この解析数値を見てください」

 表とグラフが画面表示されたが、正直言って、成瀬にはその意味がわからなかった。

「バイオビーストは冬眠状態が続いて、このままだと不発弾のように一生孵化しないはずだったのが、ここの時点で何らかの衝撃が加えられて、孵化したことがわかります」

 ふむふむと、成瀬はわかったようなふりをして聴いた。


「バイオビーストの発生地点へ、ドローンを飛ばして調査してみたのですが、自然災害や偶発的な事故で孵化した可能性は、ほぼありません。今、原因となった衝撃が何だったのかを調査中です」


 どういう方法で調査しているのかわからないが、成瀬が故郷を離れていた約三十年の間に、どうも本国の科学技術は相当進んでいるらしい。無理もない、この地球でも、三十年間で科学は飛躍的に進歩している。むしろ地球の方が、文明の進捗度合いが大きいと言ってもいい程だ。それでも、本国のレベルに追いつくまでには、あと数百年はかかるのだろうが。


「もしバイオビーストに与えられた衝撃が人為的なものだとすると、地球に我々のほかにもエイリアンが来ていて、何か良からぬことを企んでいるということも考えられるのか?」

 成瀬が福井に尋ねると、

「ご存じありませんでしたか?」福井は、意外そうな顔をした。「少なくとも三つの星系から、地球にスパイが送り込まれているようですよ。その中には、バイオビーストを開発した星系も含まれます。そうか、本国からのゲートが閉じていたのだから、成瀬リーダーはご存知ないはずですよね」


「・・・そうだったのか」

 成瀬は、浦島太郎になったような気分になった。

「どうやら、私はまだまだ君たちから教えてもらわねばならないことが多いようだ」

 ちょっとがっかりな気分だった。それに比べて、二人のなんと優秀なことか。


「私が君たちに教えなければならないことなど、何もないのかもしれないな・・・」

「いえ、ぜひ教えていただきたいことがあります」

 福井は、ヴァーチャル・モニターを操作する手を止め、成瀬に向き直った。

「地球人については、本国でもまだよく知られていません。成瀬リーダーは、ひかるさんと結婚されていますが、どうやって付き合われたのですか? この星の人間は、我々とどう違うのですか?」


 意外な質問だな、と成瀬は思った。

「その前に聞いておきたいんだが、本国では今でも、結婚はやはりAIによるマッチングで決まるのか?」

「99.99パーセント、そうですね」


「地球でもそれに近いケースはあるが、ほとんどの場合、自由恋愛だ。もっとも、自由恋愛というのがどういうことなのか、君たちには理解できないんだろうね。俺だってこっちでの生活が長くなったから、それができるようになったんだ。君の質問に対する回答になるかわからないが、地球人は任意の相手に恋愛感情というものを抱くんだ」


「私は」福井は、言おうか言うまいか、一瞬迷ったようだったが、「私は、1年前に結婚のマッチング結果を示されて、それを断ってしまったんです。つまり、私は0.01パーセントの人間なんです」

「ほう」

 成瀬は、興味深げに福井を見つめた。おそらくこれは、相当珍しいことだ。なぜなのか聞きたい気持ちを抑え、彼は福井が話すのを待った。


「マッチングで示された相手に、不満があったわけではないんです。おそらくこれがベストなんだろう、と思いもしました。ですが、何かわからない心の動きによって、断ってしまったんです。それ以前に、地球の研究をしていたことが影響したかもしれません。地球人は、何度でも結婚するそうですね。離婚、というのですか? 結婚して、離婚して、また結婚すると。そういうことが、自由恋愛なんでしょうか? 本国では、地球人は未開人だと思われていますが、私は何か違うものを感じました。うまく言えないのですが・・・」

 福井は、説明できない自分が歯痒はがゆそうだった。成瀬は、彼に親近感を感じ始めていた。


「君ならば、地球人をかなり理解できるようになるかもしれないな。つまり、地球での任務は君が適任ということだ。焦らずに研究するといい」

 成瀬は、福井もいずれ地球人と恋に落ちるかもしれないと思った。



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