18 エンゲージ・リング

 ひかるから「結婚する」と聞かされたかなは、卒倒しそうになった。

「いくら何でも、急展開過ぎるでしょ!」

 対して、以外にもみなは、

「そうなるんじゃないかと思ってた」

と言うので、かなが、

「どうして?」

と聞くと、

「だって、雰囲気が遠目から見てもラブラブだったもん」


 お嬢様は相変わらず脳天気なことを言うな、と思いつつ、かなはひかるに尋ねた。

「だいたい、交際歴はどれくらいなの?」

「え~と、1か月くらいかな?」

本当はもっと短いのだが、さすがにそうは言えなかった。かなは呆れていた。

「結婚ってさあ、もっと時間をかけて考えるもんじゃない?それに、あんたはともかく、相手の男もいい年して非常識じゃないの?何を焦ってるんだか」

「違うの、私の方からお願いしたの」

「はあ? ひかるの方からプロポーズしたの?」

「ううん、一応、彼の方から籍を入れようかって言ってもらったけど。それでね」


 ひかるは、バッグの中から一枚の紙を取りだした。それはなんと、婚姻届だった。

「二人に証人になってほしいんだ」

 かなは、とうとうテーブルに突っ伏してしまった。




 二人で婚姻届を提出するために、歩いて区役所へ向かう途中、成瀬悠はあることに気がついた。

「婚約指輪を買ってなかった!」

 彼は、ひかるの方に向き直って言った。

「婚姻届を提出する前に、宝飾店に行こう。順番がおかしくなっちゃう」


 ひかるは、笑って答えた。

「いいですけど、指輪なんてすぐに納品されるものじゃないですよ」

「えっ、そうなの?」

「カタログにあるものすべてが店頭にあるわけじゃないし、あったとしても、リングサイズを測って調整したりする期間が必要だし、あと、イニシャルや日付などを刻印する期間も必要で、1か月以上かかったりもするそうですよ」


「詳しいんだね・・・」成瀬は思わず確認した。「もしかして、もらったことある?」

「ありませんよう」ひかるは苦笑した。「そういうのはあこがれですから、ネットで調べたりしてたんです」

「そうかあ・・・でも、やっぱり必要なものだから、順番が逆になっても買おう」

 まあ確かに、婚約指輪も贈らないで結婚したとあっては、彼もメンツに関わるだろうからなあ、とひかるは思った。


 二人は急遽スマホを使って、WEB予約で即日対応してくれる店を見つけ、来店した。


「ご予算はいかがでしょうか」

 店員の問いに、成瀬はちょっと考えた後、ひかるに向かって、

「二、三百万でどうかな?」

これには、ひかるも店員も驚いてしまった。

「そんなに高価なものは、いりませんよ」

 バブル期にいわれていたという、月収の3か月分で考えたのだろうか? とひかるは思った。


「今は、年収の1か月分以内のものを購入される方が多いですよ」

と店員が言うと、成瀬は、

「年収を月収に換算すると、そのくらいなんだけどな」


 正直言って、あまり大物には見えないこの中年男は、何をやってる人なんだろう、と店員はいぶかしんだ。だが、こんな若い恋人か愛人がいるんだったら、確かに金持ちではありそうだ。


「だから、私はこのくらいのでいいですから」

 ひかるが指差したショーケース内の指輪は、十万円ほどのものだった。もっと安いものでいい、とひかるは思っているのだが、さすがにあまり安いと彼に恥をかかせそうなので、そのくらいの金額のものを指したのだった。


「色々な種類がありますので、まずはカタログをご覧になってはいかがでしょうか」

 滅多にない上客だと感じた店員は、張り切ってカタログを持ってきた。

 それを受け取った成瀬が、おそらく価格帯順に掲載されているであろうページの、最後の方からめくりだしたものだから、ひかるはまたあたふたしてしまった。


「こういうのはどう?」

と彼が指し示した指輪は、軽く二百万円を超えるものだったので、

「もっとシンプルなのがいいです」

 ひかるは、自分でカタログをパラパラとめくってみた。が、値段が気になって、なかなか頭に入ってこない。


「値段は気にしなくていいから、好きなデザインを選んでみて」

 このままではいつまでたっても決まらないので、彼の言うとおりにしてみようと思い、ひかるはデザインに集中して、値段を見ないようにして見ていった。

 店員が付箋を持ってきたので、気になったものに貼って、三つに絞った。その中から一番気に入ったものを選び、そのとき初めて値段をみたら、二百万円を超えていた。


 あっ、これ最初から高級品のカタログだったんだ、とひかるは初めて気がついた。

「じゃあ、これでいいね」

 彼が無頓着に言うと、

「これでしたら現品がございますので、つけてみてサイズを確認しましょう」

と店員が言って、持ってくる間、ひかるの胸はひどく高鳴った。


 そうして持ってきた指輪を左手の薬指に入れてみて、ひかるは目の高さまで手を上げて指輪をよく眺めてみた。カタログで見たよりも、何倍もきれいに光り輝いて見えた。

 このとき、店に入ってから初めてひかるは、嬉しそうに微笑んだ。が、指輪の輝きを見ているうちに、なぜか涙が出てきたのだった。


 これには、彼の方が慌てた。

「どうした?大丈夫?」

彼女は首を横に振った。

「ごめんなさい。つい、嬉しくて」

 地球人の感情の動きは、未だによくわからない。それでも、成瀬はやはり彼女が愛おしいと思った。


 指輪はリングサイズを調整するほか、イニシャルを刻印したりするため、納品には二週間程かかるということだった。二人は結婚指輪も選んで注文し、店を後にした。


 この後二人は、区役所に行って婚姻届を無事に提出し(年の差婚なので、係員に二度見されたが)、帰路に就いた。



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