17 母

 成瀬は、ひかるがスマホでビデオ通話の準備をしているとき、経験がないほどの緊張に襲われていた。なぜなら、これからビデオ通話する相手は、ひかるの母親だからだ。

 結婚しようとする男のほとんどが通るであろう道を、今、彼もまさに通ろうとしていた。しかしまさか、この年でそんな経験をすることになるとは・・・。


 事前に聞いておいたのだが、ひかるの母親は、結構大きな食品製造会社を経営している社長なのだそうだ。元々は彼女の夫イコールひかるの父親が起業した会社なのだが、早くに夫を亡くしてからは、女手ひとつでひかると弟を育てながら、社長も務めてきたという偉大な母だ。


 スマホの画面に、いよいよその相手が現れた。

「お母さん、今日は紹介したい人がいるんだけど」まず、ひかるが切り出した。「この人が、私がお付き合いしている成瀬悠さん」

 彼は、緊張のあまり喉が渇いてきた。

「初めまして、ひかるさんとお付き合いさせていただいております、成瀬悠と申します」


 いきなりあの『お嬢さんを私に』のセリフを言う訳にもいかないので、どうやって話を繋ごうかと思っていると、

「ひかるがファザコンなのは、わかっていたよ」

と母親の方から言ってきた。

「あんたの初恋は、小学校の時の先生だったろう? 中学校の時もそうだ。いっつも相手は、年の離れた先生だった」


 あっ、それでひかるは敬語で話す癖がついているのか、と彼は思い当たった。

「で、今度も先生なの?」

「お母さん、私もう学生じゃないんだから」

 そんなこと、今言わなくてもいいのに、とひかるは思った。

「彼は政府と取引のある会社の社長なの」

 まあ、あながち嘘でもない。ここで、いよいよ言わなければならないだろう。


「本来なら、直接お目にかかってお話しするべきことなんですが、お母様がとてもお忙しいとうかがっておりますし、私どもにも同様の事情がありまして・・・」

 自分でも歯が浮くようなセリフだと思いながらも、意を決して彼は続けた。

「お母さん、僕はお嬢さんを心から愛しています。必ずお嬢さんを幸せにしますから、どうか結婚をお許しください」


 母親は、ニヤリと笑った。

「私と同じくらいの年に見える人から、お母さんと呼ばれるとはねえ。まあ、どっちが年上かは聞かないでおこう。いいよ、どうせ早く入籍したいんだろう?」


 二人は、顔を見合わせて微笑んだ。

「ありがとう、お母さん!」

「どうもありがとうございます」

 思った以上に心の広い母親で、彼はホッとしたと同時に、全身のこわばりが解けるのを感じた。



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