16 戸籍

「トロットロにされちゃいましたぁ」

 ベッドに寝そべって、ひかるはうっとりしたように言った。

「『グレイトヒーロー』さんって、お上手なんですね」


 だが、彼の方は、頭を抱えたい気分だった。

「橋田さんに、申し訳ない・・・」

「橋田さんって、かなのことですか?」

 彼は頷いた。

「いい年をして、娘のような年齢の女性に手を出したりはしない、なんて大見得を切ったんだぞ。穴があったら入りたいとは、まさにこういうことだな」

「いいじゃないですか、私の方から誘ったんだし」

 女は強いよなあ、と『グレイトヒーロー』は思うのだった。


「白状するけど」

 彼は、申し訳なさそうに言った。

「俺の星系のエイリアンは味覚が退化してるんだ。味なんて、ほとんどわからない。だけど、人の気持ちを味覚みたいに感じるんだ。その料理を作った人が、どんなに気持ちを込めて作ってくれたのか。それをおいしいと感じるんだ」

「そうだったんですか」

 味オンチだと思っていた彼が、初めて手料理を食べたときに涙を流したのは、そういうことだったのか。


「だから、君が俺に好意を抱いているのは、最初からわかっていた。でもそれは、俺がエイリアンだと信じていないからだと思ったんだ。もし俺がエイリアンだと確信したら、気が変わるだろうと」

 そこで彼は首を振った。

「空間転送までしてみせたら、さすがにエイリアンだと信じるだろうと思った。それなのに、君は何の変わりもなく、俺に好意を寄せている」


「ちょっと待ってください」ひかるは、取り乱していた。「それって、人の心が読めるってことですか? 私が何を考えているのかわかると?」

「いや、そうじゃない。細かいことはわからなくて、ただ、料理を通して大雑把に感情が伝わってくるだけだよ」

「それでも、ずるいですよね」彼女はすねたように言った。「それって、私が浮気したらわかるってことですよね? 私には、あなたが浮気してもわからないのに」

「いや、地球人には『女の勘』というものがあると聞いている」

 ひかるは、けたけたと笑った。

「『グレイトヒーロー』さんって、こっちの世界のこと、変に物知りですよね。まあでも、私は浮気はしませんけどね」


「さっきの話に戻るけど」彼は真顔になった。「夫婦みたいに暮らすなら、籍を入れた方がいいのかな?」

 ひかるは驚いて尋ねた。

「戸籍を持っているんですか!?」

「うん、日本政府との取引で作ってもらったんだ」


 それを聞いたひかるの顔が、ぱあっと輝く。

「じゃあ籍、入れましょう!ぜひお願いします!」

 うわっ、すごい勢いで迫ってくる。彼はたじたじとなった。

「まず、君のお母さんの了解をもらわないとね。こんな年の差婚、許してくれるかな?」


「母は許してくれると思います。あれっ? ちょっと待ってくださいよ、戸籍があるということは、日本人としての名前があるってことですよね?」

「うん、一応日本国籍だからね」

「それならそうと言ってくださいよ。そっちの名前で呼びますから」

 彼は、気が進まなそうに答えた。

「・・・成瀬なるせゆう

「えっ?」

聞き覚えのある名前だった。

「だから・・・『グレイトヒーロー』の・・・」

 特撮番組の主人公の名前だ!

「そうだったんですね!」

なんで彼が『グレイトヒーロー』と名乗っていたのか、ひかるはようやく合点がいった。


「戸籍の作成を担当したやつがふざけたやつでね。当時、こんな目立つ名前は迷惑だったんだけど・・・」

「今なら別に、誰も気にしませんよ。じゃあ、これからは『ゆうさん』って呼びますね。ということは、籍を入れたら、私は『成瀬ひかる』になるのかあ。いいかも」

 ひかるはもう、ニコニコ顔が止まらなかった。


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