4 エイリアン

 ひかるは、何が何だかわからなくなってきた。ホームレスだと思っていた人は、エスパーで、エイリアンだった。そんなことって、ある?


「その昔、」

 当惑するひかるには構わず、『グレイトヒーロー』は語り続けた。

「ある星系のマッド・サイエンティストが、日本のある地方の地中に、怪獣・・・俺たちはそれをバイオビーストと呼んでいるんだが・・・その卵を埋めた。放っておくとそいつらが次々と孵化して、地球を破滅させるから、俺たちが派遣された。俺たちは次々と孵化するバイオビーストを相手に戦い、倒した」


 ものすごく淡々と、彼は突拍子もないことを話し続けた。

「バイオビーストは、山間部の地下で孵化した後、最初のうちは樹木を食べて育つ。しかしすさまじいスピードで成長し、第二次変態のあとは肉食に変わる。そして第三次変態のあとは巨大化して、文字どおり怪獣になる。そうなる前に見つけて倒さなければならないが、間に合わなくて巨大化させてしまったこともある。そのとき、間が悪いことに日本人に戦闘を見られてしまったんだ」


 そこで彼はため息をついた。

「そいつはテレビ局のプロデューサーだった。それが特撮番組『グレイトヒーロー』誕生のきっかけだったんだ。だけど、実際には俺は変身するわけでもないし、巨大化するわけでもない。そのプロデューサーがプロレス好きだったからか、巨大怪獣と同じ大きさに変身して格闘する方が見映えがする、なんて考えやがったんだよ」


 ひかるは、ポカーンとして聴いていた。とても信じられない話ではあるが、かと言って彼が嘘を言っているようにも、ましてや冗談を言っているようにも見えない。

「まあ、信じられないという気持ちはわかる」

 『グレイトヒーロー』は、ひかるの気持ちを察して言った。

「別に信じなくてもいいし、気にしなくていい」


「えっと、」ひかるは、混乱した考えを整理しながら話した。「『グレイトヒーロー』さんが、エスパーだというのはわかりました。でも、エイリアンだというのは、どうしたら証明できるんでしょうね?」

 混乱しているせいで、自分でも言っていることが変だと思った。


「興味があるんなら、そのうちにスペース・シップを見せてあげるよ。できることなら、今すぐ上空に呼んで見せたいが、エネルギー不足でそうもいかないんだ。地球にはないエネルギーで動くんで、ずっと補給できずにいるんだ」

 今度は宇宙船か。円盤形UFOみたいなものかな?

「スペース・シップって、どこに置いてるんですか?」

「都内の山間地にある、日本政府から借りた敷地に隠してある」


 とうとう日本政府まで出てきた。ということは、政府公認のエイリアンってこと?

「政府とは、どういう関係なんですか?」

「まあ、できれば関係したくはなかったんだけどね」

 彼は苦笑いして言った。

「地球で任務に就いている間に、本国とのゲートが閉じてしまって、帰れなくなってしまったんだ。多分、戦争でも始まったんだと思う。そうなると、それまでゲートを通して調達していた生活物資なんかが、入手できなくなってしまったんで、やむを得ず日本政府と交渉して、怪獣退治費として予算をせしめることにしたんだ」


 『』って言っちゃってますよー。それ、大丈夫なんですかエイリアン?


「実際に怪獣を倒すところを見せたりして、予算を内密に回してもらってたんだけど、段々怪獣も出なくなってきたもんだから、別の仕事をさせられるようになってさ。今は特に、テロ対策に駆り出されたりしている」

「もしかして」ひかるは尋ねた。「ホームレスの格好は、その任務の関係なんですか?」

「そうなんだ。一般人だと、一つところに長くいると怪しまれるけど、ホームレスなら誰も気にしないから。あの格好で、通行人の中にテロリストが紛れ込んでいないか見張っているんだ」


「じゃあ、夜寝るときはスペース・シップに戻るんですか?」

「いや、あそこは都心から離れていて時間がかかるから、滅多に帰らないな。ホームレスに変装しているときは、そのまま地下道や公園で野宿したりもする」


 政府からどのくらい予算をせしめているかは知らないが、それが本当なら、野宿なんかしないだろう。見栄を張っているんだろうか? それとも、妄想?

 もしかしたら彼は、安月給で働かされている探偵かなにかで、見栄を張っているのかもしれない、とひかるは思った。まずい料理に感激したのも、普段ろくな物を食べていないからだ。だから多分、今日も野宿なんだろう、と。


 そこで彼女は言ってみた。

「そういえば、天気予報で今夜は雨って言ってましたよ。そうでなくてもまだ夜は冷えますから、今日は泊まっていきませんか?」


 『グレイトヒーロー』は、聞き間違えたのかと思った。今、彼女はおよそ若い娘がおじさんに言いそうにないことを、本当に言ったのだろうか?

 彼が返事をしないでいると、「準備しますね」と言って、ひかるは勝手に押し入れから布団を出しにかかった。


「ちょっと待った!」

 彼は慌ててそれを制止した。

「何考えてるんだ? 見ず知らずの男に、いきなり泊まっていけだなんて・・・」

 ひかるは、意外そうな顔をした。

「もう見ず知らずじゃないですよ?」


「いや、だからその・・・俺はこう見えても、まだ男を卒業したわけじゃないぞ」

 ひかるは、くすっと笑った。

「『グレイトヒーロー』さんは、相手に同意もなくそういうことをする人じゃないでしょう? 不良にからまれた私を、助けてくれるような人じゃないですか」

「それが下心からだと、どうして考えない?」

「私、意外と人を見る目はあるんですよ」

 そこまで言われると、彼は何も言えなくなった。だが間違いない。この娘は『天然』だ。


 こうして奇妙な夜は始まった。夕食の後、風呂に入って、ベッドにはひかる、その隣に布団を敷いて、『グレイトヒーロー』が寝る体勢になった。高さの違いこそあれ、同じ部屋に並んで男女が寝ていることになるわけだ。


 どう考えても普通のことではない。ましてや、この娘は服の上からでもわかるくらいの巨乳なのに、パジャマに着替えたら、爆乳といっていいほどの大きさときたもんだ。無防備にも程がある。


「あっ、そういえば、まだ自己紹介っていうか、私、名乗っていませんでしたよね」

「そうだったな」

「蒼井ひかるです。今後ともよろしくお願いします」

「俺は」『グレイトヒーロー』は、急に口ごもった。「さっきも言ったように、エイリアンだから、地球人には発音できない名前なんだ」


 ひかるは、思わず吹き出してしまった。

「『グレイトヒーロー』さんは、日本語がお上手ですよね」

「そりゃあ、もう日本に来て何十年にもなるからな。本国より日本での生活の方が長くなってしまったよ」

 きっと何かの理由で、名乗りたくないんだな、とひかるは察した。

「じゃあ、呼び名は『グレイトヒーロー』さんでいいですね?」

「まあ、仕方ないな」


 それからしばらく、二人は他愛もない話をしていたが、そのうちにひかるが言った。

「やっぱり、いつも一人でご飯を食べるのは寂しいですよね。今日、『グレイトヒーロー』さんと一緒に食べて、楽しかったです」

 彼もまあ、その気持ちは一緒だった。

「俺も、いつも一人で味気ないご飯を食べていたから、今日あんなにおいしいご飯をいただけて、嬉しかったよ」

 本当にこの人は、普段どんなひどいものを食べているんだろう?とひかるは思ってしまった。


「それじゃあ、これから毎晩食べに来てくださいよ」

 またこれだ。どんだけお人好しなんだ、と彼は思った。

「いや、そんなに迷惑はかけられないよ」

「一人で食べるのは味気ないんでしょう?私だって同じですよ」

「本当にいいのか?」

「いいというより、お願いしますよ」

「じゃあ、食材費は俺が出すよ」

 安月給なのにまた見栄を張ってる、とひかるは思った。

「気にしなくていいですよ。二人分でも一人分の食費とたいして違いませんから」

 算数できるのか?と彼は思った。


 翌朝、ひかるが目を覚ますと、彼の姿はなかった。そして、リビングのテーブルにメモが置いてあった。


 『夕べはありがとう。早朝任務があるので、一足先に出ます。これは当面の食費です』と書いてあって、驚いたことに、その下に現金三十万円が置いてあった。えっ、安月給じゃなかったの?

 まだその辺にいるんじゃないかと思い、ひかるは玄関ドアを開けて外を見回してみたが、既に彼の姿はなかった。


 そのときひかるは、奇妙なことに気がついた。今出るとき、自分は確かにドアロックを解除した。ということは、彼は外に出てからドアの鍵をかけたことになる。でもどうやって? 鍵は渡してないのに。


 彼はあまりにも謎めいている。今晩訪ねてきたら、とことん聞いてみなければ。



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