2 マジック
次の日の仕事帰り、ひかるは『グレイトヒーロー』がいないか、探しながら歩いていた。
すると、前方三十メートル程先から、彼がこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。ひかるが手を振ると、相手もこちらに気づいていたらしく、手を振って近づいてきた。
「どうもな、」『グレイトヒーロー』は言った。「昨夜のやつら、まだ懲りてないようなんだよ。もうすぐ現れるぞ」
ひかるが驚いて辺りを見回すと、確かに昨夜の三人組が近づいてきていた。しかも、一人は金属バットを持っている。
「危ない目には遭わせないから、ちょっと来てくれ」
というと、『グレイトヒーロー』はひかるの手を取り、近くのビルの地下駐車場のスロープへと引っ張っていった。不良どもをやり過ごすつもりなのか、とひかるは思ったが、不良どももついてきてしまった。
「ふざけた真似をしてくれるじゃねえか」金属バットを持った男が言った。「刺されたふりをするとはな。今日はボコボコにしてやる」
そう言うと、男はいきなり金属バットを振り上げて『グレイトヒーロー』に襲いかかってきた。
『グレイトヒーロー』はとっさに右腕でそれを受けようとした・・・とひかるには見えた。
が、実際には金属バットはその五十センチ程手前で止まっていた。それはとてもおかしな光景だった。何か見えない壁に阻まれているかのように、バットは止まってしまったのだ。
不良は、信じられないというように目を見開いていた。明らかに力を入れているのに、バットは全く動かなかった。
次に、『グレイトヒーロー』は、右手で上から何かを押さえるようなジェスチャーをした。すると、三人はまるで上から押しつぶされるように床に這いつくばった。
彼らは、懸命に何かに抗っているようであったが、プルプルと痙攣するかのように、全く動けないようだった。
「こいつら、改心する気はなさそうですね」
『グレイトヒーロー』は、ひかるの方を向いて言った。
「この先、こいつら絶対に人殺しになりますから、そうなる前に消しちゃっていいすか?」
えっ? ひかるが戸惑っていると、「適当に合わせて」と、頭の中で声が響いた。いや、それは明らかに音波としての『声』ではなかった。自分の頭の中に直接響いた感じだった。
「殺したらいけませんよ」
ひかるは平静を装って言った。
「大丈夫ですよ、こんなやつら、跡形もなく消しちゃいますから」
『グレイトヒーロー』は無慈悲に言ってのけた。
「た、助けてくれ」息も絶え絶えに、不良の一人が言った。「もう、あんたたちに手出しはしないから」
「だから、」『グレイトヒーロー』は呆れたように言った。「俺たち以外の人には、またこういうことをやらかすんだろう? やっぱり消えてもらおうか」
そう言って、『グレイトヒーロー』は再び右手を振り上げた。
「待って」ひかるは慌てて言った。「彼らに更生の機会を与えて」
「相変わらず甘いっすね」
『グレイトヒーロー』はため息をつき、右手を下ろした。すると不良どもは自由に動けるようになったようで、立ち上がると、一目散に逃げ散って行った。
「ナイスリアクション」
『グレイトヒーロー』は、右手の親指を立ててひかるに言った。
「これであいつら、あんたが俺の上役だと認識したろうから、二度と絡んでこないよ」
「今、いったい何をしたんですか?」
ひかるは訳がわからず、尋ねた。
「見ての通りさ」
いや、何が何だかわからないんですけど。
「マジックか何かですか?」
「まあ、そんな感じかな」
まだ納得がいかないが、とりあえず、
「今度もまた守ってくださってありがとうございました」
と、ひかるは『グレイトヒーロー』に礼を言った。その上で、今日彼を探していた目的を話した。
「お礼にうちで晩ご飯をごちそうしたいんですが、いかがですか?」
「いやいやいやいや、」『グレイトヒーロー』は驚いて言った。「ホームレスを自宅に誘ってごちそうするなんて、おかしいっしょ。家族だってどう思うか」
「一人暮らしですから、気兼ねはいりませんよ」
「いや、余計おかしいっしょ。こんなおっさんホームレスを、独身女性が自宅に誘うのは」
「ごちそうといっても、私、たいしたものは作れませんから、遠慮しなくていいですよ」
「いや、問題はそこじゃないって」彼は話が噛み合わないことに困惑していた。「誰かに見られたらどうするの? ホームレスと一緒に歩いてたら、きっとみんな振り返るぞ」
「別に私は気にしませんけど、『グレイトヒーロー』さんは気にしますか?」
この娘は天然なんだろうか、と彼は思った。得体の知れない男と二人だけで一緒に過ごすことに、身の危険を感じないのか?
「食べ物で嫌いな物ってありますか?」
どうやら本気で晩ご飯に誘っているらしい。しょうがないな、と彼は観念した。
「ご招待にあずかるなら、こんな格好じゃいけないな」
彼は「あっ」と言って、ひかるの後方を指さした。つられてひかるは振り返ってみたが、別に何もない。変だな、と思って『グレイトヒーロー』の方に向き直ると・・・。
あれ? そこには見たこともない何者かがいた。グリーンのジャージを着てスポーツシューズを履いた、髭のないおじさんが。
「これなら、ジョギングついでに一人暮らしの娘の様子を見に来た、父親に見えるだろう?」
えっ? よくよく見ると、それは『グレイトヒーロー』だった。
「驚いた、またマジックですか?」
「まあね」
「『グレイトヒーロー』さんって、ホームレスじゃなかったんですか?」
「あれは、世を忍ぶ仮の姿ってやつだ」
「じゃあ、その辺の話もじっくり聞かせてくださいよ。とにかく、家へ行きましょう」
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