グレイトヒーローズ
@windrain
第一部 日本防衛戦線
1 グレイトヒーロー
四月の、月のきれいな夜のことだった。
珍しく残業で帰りが遅くなったOLのひかるは、帰宅途中、醤油が切れかけていたのを思い出し、コンビニに寄ろうと思った。
しかし、ガラの悪そうな連中が三人、コンビニ前の駐車場でたむろしている。仕方なく、あきらめてまっすぐ帰ることにした。
コンビニ前を通り過ぎるときに、嫌な予感がしなかったわけではない。メインストリートではないこのあたりは、この時間になると人通りが少ない。それでも、この予感が気のせいであって欲しいと思った。
だが無情にも、危機が背後に迫っていた。
「姉ちゃん、一緒に遊んでかない?」
後ろから声をかけられるのと同時に、前方と左右を塞がれた。さっきの三人組だ。正面の男のニヤついた顔と、少し狂気が宿っているような目が、ただのナンパではない気がして、ひかるは背筋に冷たいものを感じた。
(どこかへ連れて行かれる・・・)
ひかるが恐怖に震え上がったとき、『その人』は現れた。
『その人』は、前方を塞いだ男の後ろからやってきて、いきなり割って入ると、ひかるを守るように背を向け、男たちの前に立ちはだかった。
「なんだお前?」
面食らった男は、だが言うよりも早く『その人』に殴りかかった。
しかし『その人』は、まるでそれを予期していたかのように、左手でその拳を受け止めたのだった。
『その人』は、三人組の男たちよりも背が高く、がっしりしているように見える。もしかしたら、格闘技の経験もあるのかもしれない。まさにヒーローの登場・・・と言いたい場面だったが、ひかるの目にはちょっと、いや、かなり違って見えた。
『その人』はどう見ても四、五十代のひげ面のおじさんで、しかもその出で立ちはボロボロの作業服にヨレヨレの帽子・・・どうみてもホームレスだったのだ。
一瞬戸惑ったのだろう、ワンテンポ遅れて左右の二人も『その人』に襲いかかった・・・はずだったが、『その人』は素早く身をかわし、結果二人はぶつかり合って倒れてしまった。
「ふざけやがって!」
最初に殴りかかった男が、ポケットからナイフを取り出した。
(あの人、殺される・・・)
ひかるは、あまりの恐ろしさに身をすくめ、動くことも声を出すこともできなくなっていた。
だが『その人』は、ナイフを見てもなぜか逃げようとしなかった。ナイフを持った男は、あまりの反応のなさに、一瞬面食らったような表情を浮かべたが、
「ハッタリだと思ったら大間違いだ」
と言うやいなや、『その人』に向かって下からナイフを突き上げた。
(逃げて!)
ひかるは心の中で叫んだ。恐怖で言葉にならなかったのだ。
しかし『その人』は逃げるどころか、全く動かなかった。そのため、ナイフが『その人』の腹部を突き刺したように見えた。
ひかるは、一瞬時間が凍結したような気がした。目の前で起こっていることが嘘であって欲しいと思った。
だが、『その人』は次の瞬間、腹に手を当て、膝から崩れ落ちた。
刺した男は呆然と立ち尽くしていたが、あとの二人はうろたえ、
「なにやってんだよ!ヤベえよ、逃げるぞ!」
と、一目散に逃げ出した。刺した男もすぐに我に返って、同じ方向に逃げて行った。
ひかるは、腰が抜けていた。私のせいで人が一人死んでしまう・・・それなのに、声を出すことも、動くこともできなかった。
ところが、うずくまっていた『その人』は、すっくと立ち上がると、腹に刺さっていたはずのナイフをポイと投げ捨てた。
ひかるがポカンとしていると、『その人』はまるで何事もなかったかのように、その場を去ろうとした。
「待ってください」ようやく声が出た。「刺されましたよね?大丈夫なんですか?」
『その人』は立ち止まり、振り向いて言った。
「いや、刺されたふりをしただけだ。その方が手っ取り早いからな」
確かに腹に刺し傷は見当たらない。ひかるはほっとした。
「助けていただいて、ありがとうございました」
ひかるは『その人』に向かって頭を下げた。
『その人』は、ちょっととまどったような表情をしたが、
「家はどっちの方向だ?」
えっ?何を聞かれたのか、ひかるにはわからなかった。
「あんたの家だよ。どっちの方向?」
ようやく理解したひかるは、道路の一方向を指さした。
「じゃあ、俺はこれからそっちへ歩いて行くから、少し後をついて来い。さっきのやつらが、まだその辺にいるかもしれないからな。俺は振り返らないから、何かあったら叫ぶか、足を踏み鳴らせ。あと、家がこの通り沿いじゃなかったら、適当なところで黙って横道に入って家に向かえ。俺に知らせる必要はないからな」
送ってくれるのならなぜ、前を歩いて行くんだろう?ああ、家を知られるのを嫌がると思っているんだ。きっとそうに違いない。
「ありがとうございます」
「礼には及ばない。どうせ俺は行く当てもないホームレスだからな」
『その人』は、ひかるが指し示した方向に向かって歩き始めた。ひかるは慌てて後をついていった。
『その人』は、ひかるに気を遣ってゆっくり歩いてくれているようだったが、ひかるはまだ気が動転していて、少し
「あの」
『その人』は、ひかるがもう少し離れてついてきていると思っていたのか、ちょっとびっくりして「振り返らない」と言っていたのに振り返ってしまった。
「どうして助けてくれたんですか?」
ひかるが尋ねると、『その人』は、夜空を見上げるようにして答えた。
「俺は『グレイトヒーロー』だからな」
言われた意味がわからなくて、ひかるがきょとんとしているのを察したのか、『その人』は言葉を足した。
「明らかにガラの悪そうな奴らが、あんたの後をつけていくのを見てしまったからな」
本当にヒーローみたいな人だな、とひかるは思った。なんだろう、ぶっきらぼうな物言いだけど、ひかるは『その人』に不思議な暖かさを感じていた。後ろから見ると、本当にがっしりした体に見え、どう見てもホームレスの体型ではない。
しばらく歩いた後、ひかるは『その人』に言った。
「あの、私のアパートはここから右手に入ってすぐですから、ここでお別れします。本当にありがとうございました」
知らせる必要はないと言ったのにな。『その男』は苦笑いして、振り向かずに手を振った。
家に帰ったひかるは、スマホで『グレイトヒーロー』を検索してみた。どうも二十年程前の、特撮ヒーローもののテレビ番組のようだった。
でも、なんであの人がその番組名を名乗ったのだろう?それはまだわからなかった。
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