第7話
乱暴に
誰かいないか!
そう思いながら辺りを見渡す。
誰もいないと思った瞬間、上から声が降ってきた。
「すいぶんとお急ぎみたいだね」
上を見上げる。
あまりにものんびりとしたその声の主は、2階の手すりから、身を乗り出してこちらに手を振っていた。
「アル!」
「はーい。アルだよ~」
あまりにも緊張感のない声に、思わず大声が出てしまう。
「緊急事態だ。新しい出題がされていた」
「うん、知っている」
「アリスさんが見つけた定理だ。数学が、盗まれた」
「うん、知ってる」
「知ってるなら! なんでそんなにのんびりしてんだ!」
「落ち着いてよ、ジオ」
「落ち着いていられるかよ! 今から犯人を探してくる。どうせ人数は多くないんだ、すぐに見つけだしてやる」
「いいから、一旦落ち着いて」
「
その言葉に、アルは呆れたように、諦めたように、答えた。
「いるよ」
「誰だ?」
「アリスさん」
「――アリスさん?」
「ボクの横にいるよ」
アルがそういうと、2階の手すりの上に、小さな人影がひょこっと乗った。
寝癖が小さく揺れる。
まるで猫みたいな、狩りをする動物のような身体能力。
タレ目の奥に、鋭い視線が光っている。
「よう。ずいぶん威勢が良いな。忠誠心も合格点だ。アルも見習え」
「無理ですけど、善処しますよ」
「お前な。そういうところだぞ、ダメなところ」
「ボクは、逆立ちしたってジオには敵いませんよ。それが事実です」
「謙遜は美徳じゃない。やめろ」
「アリスさんより、ボクの方がトップに向いています。引退してください」
「そういうとこだぞ」
アルが肩をすくめると、アリスさんはニヒリと笑って、それから飛び降りてきた。
静かな着地、寝癖が小さく揺れた。
「帰ってきてたんですね」
「ああ。つまらない出張だったよ。会うヤツみーんな、かね、カネ、金の話だ。数学の話なんてこれっぽっちもない。だから嫌なんだ。今度はジオが行ってこい」
「 2 度とゴメンですよ。あの世界は、私には相性が悪すぎます」
過去に 1 度、アリスさんの指示で南にある
関税に関する、新しい数式の運用とアドバイザーとして。
そして何より
結果はさんざんだった。
報酬の提示金額を下げられるわ、運用が軌道に乗るまで帰らせないわ。
結局、アリスさんが出てきて丸く収まったが。
もう、 2 度とやりたくなかった。
「そんなことより、例の出題の方だ」
「はい。いまから、 1 人ひとり確かめてきます」
「いや、そんなことはしなくて良い」
「でも」
「お前は、テレリスの中に裏切り者がいると思うのか?」
アリスさんの問いに、正直に答えた。
「はい。それしか考えられないじゃないですか」
それを聞いたアリスさんは、呆れたように「本気か?」
その様子に、違和感があった。
私は、何か間違っているのだろうか。
そこに、アルの声が降ってきた。
「ボクもジオと同じ意見ですよ。内部から流出した可能性は、考慮する価値はあると思います」
アルの言葉は、違和感があった。
まるで、他の可能性があるみたいな、そんな言い方だ。
「ちょっと待てくれよ、アル。それは、どういう意味だ?」
「それが、最悪から 2 番目の可能性だってことだよ」
最悪から、 2 番目? 2 番目って。どういうことだ?
その様子を見ていたアルは、珍しく真剣な表情をして言った。
「最悪の可能性は、相手がアリスさん並みの天才だってこと」
そんな。
そんなこと、あるわけが。
「たぶん、そうだろうぜ」アリスさんは。
「なぜならオレがそう思ってるからだ」嬉しそうだった。
「相手は
アリスさんの瞳孔が、縦に細くなる。
「回答には 3/5 , 4/5 , 1 を書いておけ。
あとは。
3 つの数字それぞれと、等しい比をもつ 3 つの数字を求めればよい。
そう書いておけ」
アリスさんはまるで、猛獣のような眼をしていた。
「それからな。こちらからも問題を出すぞ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「アル、何か良い問題はないか?」
アルは肩を竦めた。それから。
「ジオが良い問題を持っていますよ」
アリスさんがこちらを向く。
出せ。
無言にそう言っている。
そんな、急に出せって。
そう思ったが、すぐに心当たりに気がついた。
「こんなのは、どうですか?」
私は、キセに出題した問題を書いた。
【問題】
ある整数、L , M , N について、以下の式が成り立つ。
(N/M + N/2 + 1 )× L = 2
(1)この3つの整数( L , M , N )の組を、すべて求めよ。
(2)それぞれの場合について。
① L
② (L×N) /2
③ (L×N) /M
の3つの数字を求め、その組をすべて答えよ
キセに出題した問題だ。
そこにアルから教えてもらった、文字も取り入れてみた。
「なんだ。この記号は?」
「この記号は、アルの作った文字です。性質を表す数らしいです」
それを聞いたアリスさんは、ニヒりと口の端をあげ、呟いた。
「不定量を表す記号か」
それから上を向いて。
「アルっ! なかなか面白いものを作るじゃないか。この記号のセンスはなかなか良いぞ」
アリスさんが誰かを誉めているところを、久しぶりに見た。
やはり、アルは天才だ。
アリスさんは、こちらに目を向けた。
「この問題を知っているのはアルとお前だけか?」
「いえ、最近入会した、キセという少年もいます。この 3 人だけです」
「どんなヤツだ」
「黒髪の、たぶん東国の血が入った、ギムナジウムの子です」
そういうと、アリスさんはほんの少し考えて。
それから。
「これで行こう」それから。
「なかなかに、悪くない。オレの多面体に関する定理。アルの文字。それを結びつけたジオの発想。
アリスさんにそういわれると、悪い気はしない。
むしろ嬉しい。
もし尻尾があったら、ぶんぶん振り回していただろう。
「ありがとうございます」
アリスさんは頷くと。
「それじゃあ、あとは全部任せた。半月ほどは南にいる。なにか動きがあったら知らせてくれ」
そう言って、図書館を出ていった。
カウベルの音が止むと、アルは言った。
「さて、ボクたちもボクたちの戦いを始めようか」
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