第44話

 図書館テレリアに行った。

 扉を開ける。

 受け付けには、アリスさんが座っていた。


「お前の仕事は、なんだ?」


 こんな事を言わせるな。

 そんな避難めいた、声だった。

 でも。それに答える気は、今はなかった。

 だから、応えた。


「数学をすることです」


 アリスさんは「ほぅ」と口の端をあげた。


「ああ、そうだったな。忘れていたよ」

「すみません。私も、忘れていました」


 アリスさんは顔をあげる。

 そこで、目があった。

 この人の目を真っ正面から見たのは、本当に久しぶりだった。


「久しぶりに数学をしたいと思いまして。三大問題に挑戦したいと思います」

「それで?」

「休みを頂きます」

「どのくらいだ?」

「2ヶ月」

「その期間の理由は?」

「アリスさんが、あの式に挑んだ期間だからです」

「意味が分からないな」

「私もです。でも、そう決めました。ご迷惑お掛けします」


 アリスさんは、笑っている。


「別に構わん」それから。

「せいぜい頑張れよ」

「ありがとうございます」


 そうして背を向けた。


「ジオ!」


 声に、振り返った。

 なにかが飛んできた。それを反射的につかんだ。

 手の中にあったのは、鍵だった。


「地下書庫の鍵だ。貸してやる。せいぜい、希望と絶望を。そして数学を、楽しめよ」


 今度は、心から。言葉が出た。


「ありがとうございます」


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 家に戻って、問題に取りかかった。


 未解決であり、前人未到の最高峰。


 角の三等分線。

 倍積問題。

 円積問題。


 最初に手をつけたのは、角の三等分線だった。

 任意の角を三等分する作図方法を見つける。

 それがこの問題だった。

 長年の研究で、誰一人として成功していない作図。

 図書館テレリアの見解は。

 いや、アリスさんの見解では、「作図は不可能」ということになっている。ただ、それを証明できない状態だった。「作図不能」であることを証明する。


 もしくは。


 作図の方法を見つける。

 どちらかができれば良かった。

 世紀の難問。

 その一つ。


「――さて」


 私は、それに取りかかった。

 難問を倒すべく、武器を取り出す。

 正方形の紙。

 折り紙だ。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 キセから折り紙の折り方を教わった。

 そしてそこから、折り線の意味を幾何学的に読み解いてきた。

 だからこそ、予感はあった。

 私の武器おりがみは、この問題を倒せるレベルまで来ている。

 折り紙に、適当な角で折り目をつける。

 それから、その角を目分量で三等分する。

 そうすることで、完成図の様子が見えてくる。

 ゴールから考える。

 問題解決の技術、逆算の手法。

 その折り線を実現させるための手段を、考える。

 角の三等分線。

 いきなり3つに分けるのではなく、まずは2つと1つで考える。

 同じ角度を作るために、使えそうな角が等しくなる性質を思い出す。


 平行線の錯角は等しくなる。

 二等辺三角形の底角は等しくなる。

 折り返して重なる部分は角度が等しくなる。

 それらが組合わさり、正方形の紙の上に、折り線を作る。

 ゆっくりと。

 紙の擦れる音が、部屋に広がった。

 そうして。


「――はは」


 口元は、弧を描く。

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