第43話

 アルが戦場だと言った意味は、すぐに分かった。

 子供達が、元気すぎる。

 以前アルとのトランプ勝負で勝ったことから、スゴい人と思われているようだった。結果的に、それが良くなかった。

 子供達は興味津々で、代わるがわる寄ってきた。

 パン生地を捏ねていると。 


「それじゃあダメだよ、こうするの!」と男の子からダメ出しが入った。

「こうするのが大切なの。分かった?」

「……はい」


 それを見た女の子が、男の子に注意をした。


「そんな言い方は良くないよ」

「いーじゃん。ねぇ」

「……はい」

「よくない!」

「いいーの」


 二人の喧嘩が始まった。

 私がオロオロしているのを見て、キセが二人の仲裁に入ってくれた。

 その場はなんとか収まった。

 が、そのあとも試練は続いた。知らない男の子に体当たりをされたり。

 膝に抱きつかれたりした。

 いつ、何が起こるか分からない。

 まさに戦場だった。

 最後は、キセとアルが防波堤の役割をしてくれたのと、アッシュが注意をしたことで、なんとか事態が治まってくれた。

 体力的にも、精神的にもへとへとになりながら、なんとかパンの形作りの行程まで進んだ。

 パンは丸い形か直方体だと思っていたが、そんな常識は子供達には一切なかった。

 星形。

 輪の形。

 亀や船に四輪車、なかにはドラゴンなんて猛者もいた。

 そんななかで、珍しい形を作っている子を見つけた。


「それは、なに?」


 話しかけてみると、恥ずかしそうにしながら。


「マグカップです」

「マグカップ?」

「はい。アッシュ先生に軽いマグカップをあげたいと思って。パンで作ってみました」


 それを聞いたキセは言った。


「いいね。アッシュ先生も喜ぶよ」


 でもアルは別のことを言った。


「喜ぶ、と良いんだけど」


 私は聞いた。


「ダメなのか?」

「いやさ。アッシュが」そう言ってアッシュを指差した。

「喜びを通り越して、感動しちゃうよ。きっと泣いちゃうよ」


 アッシュを見ると口を「へ」の字に曲げていた。

「面白い冗談だな。泣くわけないだろう」それから。

「ちょっと用を思い出した。書斎に戻るとする」


 それを見て、アルは笑った。


「こういうこと」

「うるさい」


 アッシュは背中越しにそういうと、部屋を出て行った。

 そんな様子を見て、年端の子供たちは笑顔になった。


「なんか、良い場所だな」

「だね。だからボクも居心地が良いよ」

「なんか、最初に思っていたイメージと全然違う」

「そうだね。イメージで決めつけちゃうこと、多いよね。なんでも決めつけないで、実際に体験してみるって大切だよね」

「……そうだな」


 私のなかに、ふっとなにかが浮かんだ。

 決めつけないこと。

 やってみること。

 ――挑戦すること。


「なぁ。アル」思ったことを口にした。

「挑戦か」それから「やってみるか」

「何をやるの?」アルの言葉に。

「不可能への挑戦」そう言って笑った。

「三大問題に、挑戦する」


 アルは、驚いた顔をした。

 それもそうだ。

 三大問題は、幾何学における3つの未解決問題だ。


 角の三等分線の作図。

 体積が元の2倍となる立方体の一辺の作図。

 円と同じ面積をもつ、正方形の作図。


 アリスさんだって、切り崩せていない。

 3つの未解決問題。

 現在の幾何学の、最高峰の難問だ。


「それが解決できたら、世界が変わるね。それに何より、――楽しそうだね」

「だろ」

「うん。挑戦もそうだけどさ。ジオが一番、楽しそうな顔をしているよ」

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