第42話

 早朝。

 普段なら絶対寝ている時間に起き出し、家を出た。

 街中を抜けて、郊外の丘に向かった。

 朝の空気は冷たくて気持ち良い。

 それに、よく澄んでいる。

 そんな綺麗な空気を吸って、空と街を見ていた。

 それだけで、なんか気分が良くて、気持ちが良かった。


「あれ、ジオ。おはよ~」


 緩い声が聞こえた。アルだ。


「こんな時間に、ここにいるなんて、珍しいね」

「ああ。気分転換だ。普段はしないことをしてみようと思って」

「なるほどねぇ。良い傾向だね」

「ありがとうよ」

「なにか、悩んでいる感じ?」

「ああ」それから「もしかして、キセから何か聞いているか?」

「ううん。なにも聞いてないよ。でもさ、深刻そうな表情の日が続いてさ。毎日パン持って出掛けて、そのパンを持ち帰ってくる、なんて日が続いたら、こっちも色々考えちゃうし、察しちゃうよね」

「確かにな」そう言って、思わず笑ってしまった。

「それで、ジオはどうしたの?」

「いや。数学をやめようと思っていたんだ」


 その言葉は、すんなりと出た。

 そしてそれは、アルを驚かせはしなかった。


「そうなんだ」

「そうなんだよ」それから。

「やめようと思っていたのに、今はもう迷っている」笑った。

「なるほどね。良いと思うな。やめても、続けても。どっちでも良いと思う」


 私は意地悪で、アルに聞いた。


「アルは、どっちが良いと思う?」

「ボクは続けた方が良いと思うよ」

「即答だな」

「だって、ジオが数学止めるなんて無理だよ。呼吸と一緒でしょ。ボクたちは、鳥が空を飛ぶように計算するし、目を閉じたって数学が見える。ボクたちはそういう性質の人間なんじゃないかな」


 そういって、けらけら笑った。

 なぜだろう。アルの言うことは、すんなり受け入れることができた。


「そうかもな」それから。

「そうだよな~」そう言って、背伸びをして。そのまま、寝転んだ。


 真っ青な空が目にはいる。白い雲が、揺ったりと流れていた。


「すげぇな。空って青いんだ」

「そうだよ。知らなかったの?」

「知らなかったかも」

「実はボクも、最近気がついたんだ」

「だろ。別に空が青くても、赤くても、数学は変わらないからな」

「空が赤かったら、絶対数学は変わると思うけどな~」

「そうか? どうなると思う?」

「幾何学じゃない分野が発達していると思う。例えば、式に関することの研究が進んでいるとか。数字なんて出てこない、記号だけの分野なんてのも、あるかもしれない」

「面白そうだな」

「でしょ。きっと面白いよ」


 アルが何を言いたいのか、何となく分かった気がした。


「幾何学だけが数学じゃない。色々な数学がある、か」

「そうだね」それから。

「だからボクは、図書館テレリアを出るんだ。もっと色々な数学を見るために。見つけるためにね」

「――そうか。そうなんだな」

「アリスさんの数学は、天才的で魅力的だ。図書館テレリアでは幾何学をメインで、深く学べた。だからもっと、色々な数学を見たいんだ」

「別に、図書館テレリアが嫌いなったとかでは、ないんだな」

「うん。新しいものを求めてた結果だよ。悪いことじゃない」

「そっかー」


 そうして見上げた空は、なんだか、空の青さが深くなったような気がした。


「私は、なにもわかってなかったんだな」

「でも、それが分かった」

「ああ。だから、ちょっと困っている。どうしよう、って」

「なるほどね。じゃあさ、ジオにはこの空が、どうみえる?」

「めっちゃキレイ」

「だったら、答えはそのうちに決めれるよ」

「どういうこと?」

「キレイなものをキレイに見えているなら、判断を間違わないってこと」


 それを聞いて。からから笑った。


「良いこと言うじゃん」

「でしょ」


 そう言って、アルも笑った。

 なんだろう。とても気持ちが良かった。

 それからしばらく、二人でなにもしゃべらずに、ただ近くにいるだけで。

 時間を過ごした。

 そうして、声が聞こえた。 


「アルさ~ん」キセの声だ。

「みんなが呼んでますよ~」

「分かった~」


 そう言って、アルはキセに手を振った。

 私も、おまけに手を振ってみた。

 キセは驚いたような様子を見せたあと。


「ジオさんも一緒にやりましょー」


 私はアルを見て言った。


「何をするんだ?」

「パンを焼くんだよ」


 なるほど。以前キセが家に来たとき、パンを持ってきていたことを思い出した。

 アル曰く。ギムナジウムに釜を作ったとかで、パン作りが流行っているそうだ。

 パン作り。それは、なかな面白そうな気がした。


「私も参加して、大丈夫なのか」

「大歓迎だろうね。子供も、大人も」

「そうか」


 私はキセに向かって、大きく手を振った。


「アルと一緒にいくよ」


 キセも、大きくてを振り替えした。


「早く来てくださいね~」

「分かった~」


 キセが駆け足で戻るのを見てから、私たちもギムナジウムに向かった。

 歩きながら。アルは言った。


「驚かないように最初に言っておくけど」

「なんだよ」

「戦場だよ」


 どういうことだよ?

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