第37話

 次の日。

 アリスさんとアルは、図書館テレリアには来なかった。


 次の次の日。

 アリスさんとアルは、来なかった。


 次の次の日。

 来なかった。


 次の次の次の日。

 私は、図書館テレリアに行かなかった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇  ◆ ◇


 街の見える丘で、体育座りをしながら、空と街を見ていた。

 図書館テレリアを守るために、頑張ってきたのに。

 結局はアルは離れていってしまう。

 どうにかできないのか。

 そんなことばかり考えてしまうのに、疲れてしまった。

 膝に顔を埋めながら、空と街を見ていた。


「最近、多いですね」


 不意の声に、猫のようにビクリとしてしまう。

 声の方を見る。

 そこには白黒眼鏡が立っていた。


「ビックリした」

「すみません。なにぶん気配が薄いもので」

「暗殺家業でもやってるのか」

「気づかれてしまいましたか。では、口封じをしなければ」


 白黒眼鏡は真顔でそう言ってから、私の横に座った。


「煙草をつけても?」


 私がうなずくと、白黒眼鏡は煙草に火をつけた。


「アルから聞きましたよ」

「そうか」そして、沈黙。


 それから。「まぁ、こうなっちまった」


「ええ。私としては言いたいことはたくさんありますが、ここで言っても無意味でしょう」


 そういって、一枚の紙を渡してきた。

 私はそれを受け取って、見た。

 そこには問題がかかれていた。


 円形都市コンパスのすべての道を、重複無しに歩くことはできるか?


「面白い問題だな」

「アルの最新作です。そして、謎々エニグマの遺題です」

「遺題って?」

「アルは謎々エニグマを止める。そういうことです」

「……そうか」


 それから、また問題に目を落とした。

 一筆書問題だ。

 面白い問題だ。

 直感的にできないことはわかる。

 でも、それをどう証明するか。

 それが難しいそうで、面白そうな問題だ。


「良い問題だな」それから。

「あいつは本当に天才だな。こんな問題、ぽんぽん思い付けるんだから」

「同感です。アルは、人間じゃない」


 煙草に口をつけて、それからフゥと煙を吹き出した。


「そんなアルは、貴女のことをよく誉めるんですよ」

「なんて、言うんだ?」

「ジオは良い目を持っている。才能もあるし、いつかすごい数学を見つけるだろう、って」

「ああ。それなら聞いたことがある。全く、アルには何が見えているんだろうな」


 白黒眼鏡は、ため息のように煙を吹いた。

 ああ、そうか。

 白黒眼鏡は、面白くないんだ。

 アルは私のことを、白黒眼鏡に言うんだ。

 二人組として活動しているのに、相方からは自分の話は出ない。

 代わりに、知りもしないヤツの名前が出てくる。

 それをやられたら、私だって面白くないだろうな。

 ただ、それは。

 私にはどうすることもできない。

 白黒眼鏡、本人の問題だ。

 ――、ああ。そうか。だからか。

 だから白黒眼鏡は、私に話をしたのだ。

 私が本当にそんな人物なのか、確認するために。

 そう思うと、急に、この白黒眼鏡が、愛おしく思えた。


「なぁ、急にこんなことをいうのも、申し訳ないんだが」


 白黒眼鏡が、平坦な視線をこちらを向いた。


「前に名前を教えてもらったよな。すまないけど、もう一度教えてもらえないか」


 白黒眼鏡は、はじめて怪訝そうな表情をした。

 それから。


「人の名前を忘れた、と」

「すまない。恥ずかしい限りだが、忘れてしまった。気分悪いだろうが、また教えて欲しい」


 ふっ、と笑った。


「冗談ですよ。貴女には名乗っていませんでした。――だから、今回が初めてだ」


 それから。また、もとの表情に戻った。


「アッシュだ」

「ジオです。よろしくな」


 そういって、手を差し出した。

 アッシュは、面倒そうに手を握った。

 面倒そうに握手をして、緊張を解くように煙を吹いた。


「私にはどうしても、お前に才能があるとは思えない」


 アッシュは、空を、そして街を見ている。


「でも、お前が普通じゃないことはわかる」顔を、少し、こちらに向ける。

「お前はまるで、子供だ」


 私は、苦笑いをした。


「自覚はあるよ。まぁ、でも。それが私だ」

「だから子供に好かれる」それから。

「だからアルは、お前を心配している」


 そういうと、アッシュは前髪をかきあげた。短く、煙を吹く。


「どういうことだ?」 

「なんでもない」


 アッシュは立ち上がって、背を向けて歩きだした。


「教えてくれよ!」

「本人に聞け」

「本人って。どこにいるか分からない」

「ギムナジウムだ。きっと今日も、子供達の相手をしに来る」


 立ち上がって、走って、アッシュに追い付く。


「一緒に行っても良いか」

「好きにすればいい」


 アッシュは前を向いたまま、そう答えた。

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