第35話

 謎々アルから話を聞いた。

 その願いは、シンプルだった。

 数学を、もっと世に広めたい。それだけだった。

 思えば、アルはいつだってそうだった。

 数学の発見を、嬉しそうに話してくれる。

 みんなに知って欲しい。そういった態度だった。

 みんなが知識を持てば、数学の世界はもっと広がる。

 アルはそう、強く信じていた。


「ボクはね。数学がもっとおもしろくなるため必要なのは、才能じゃなくて人数だと思うんだ。色々な人が、色々なことを考える。みんな好き勝手な数学をやってさ。てんでバラバラなものが乱立して、それから結び付きが起こるんだ。そうして、新しいものが生まれていく。ボクはそんな数学を、見てみたいんだ。そのためには、もっと多くの人が数学ができるようになる環境が大切なんだ」

「アルのやりたいことはわかったよ。でもさ。どうしてその結果が謎々エニグマとしての出題なんだ? 回りくどくないか?」

「可能性にかけたんだよ。アリスさんは頑固だ。本当に、本当に頑固なんだ。数学を広めたい、なんて簡単には認めない。だから、少しずつ変えていこうとした。少しずつでも、知識が広まるように、図書館テレリアに挑戦する形で、出題をしたんだ」

「だから、だんだん高度な問題になっていったのか」

図書館テレリアの知識を使わないと解けない問題じゃないと、意味がないからね。でも、どうやらダメだったみたいだ」

「どうしてだ?」

「アリスさんは、大切なものは表に出さなかった。円周率の時がそうだったね」


 やっぱり、そうか。

 あれは私の結果を使ったんじゃない。

 355 / 113 の代わりにしたんだ。

 薄々わかってはいたけれども、はっきり言われると辛い。


「だから謎々エニグマは、最後の賭けに出た。それがあの分数を重ねた式だよ。あの式は、分数を使っているけれども分数じゃない。でも、その分数ではないものによって円周率を表すことができる。その有用性を認めてくれるなら、同じく分数で表せない √ も認めてもらえる可能性はあると思った。でももし。あの式をを受け入れてくれなかったら」


 アルはそこで一度言葉を切った。それから一度、私を見た。


「受け入れなかったら?」


 アルは笑って答えた。


「たぶん、図書館テレリアは、ううん。アリスさんはきっと変わらない。その時は、ボクは図書館テレリスを出るよ」

「ちょっと待ってくれ。本気か?」

「うん。それがお互いにとって一番良い選択みちだと思うからね」


 そんな。

 アルがいなくなるなんて。私には想像もできない。

 なにより、それが嫌なことだけは分かっていた。

 だから。「――でもさ」

 空気みたいな言葉が、口から出た。「きっと大丈夫だよ」


「アリスさんならきっと、わかってくれる」

「だと、良いかな」


 アルは笑った。

 それから。


「さて、もう帰ろうか」

「――ああ。そうしよう」


 そういって、立ち上がった。

 アルと別れてから、アルの話したことをぼんやりと考えた。

 アルは数学を考えていた。

 私は、どうだろう。

 ただ目の前の問題を、眺めていただけだった。

 それが、良いとか、悪いとか。

 そんなことではないことはわかっていた。

 ただ、私とは見えている範囲も、見ているものも、全然違うことだけが分かった。


 数学って、なんなんだろうな――。


 ぼんやりと、そんなことを思った。

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