第31話

「結果をお聞きしましょう」


 トリルさんの表情は、笑顔ながら隙がなかった。

 できたのか、それともできなかったのか。

 ただ、それだけが重要だということが分かった。

 私は黙って、折り紙を折り始めた。

 ひとつ折るごとに、ここまでの道のりが思い出された。

 正七角形の作図依頼。

 正七角形の折り紙。

 完全な手探り。

 アルの手助け。

 1000年先の数学。

 360 / 7° の発見。

 キセの協力。

 正七角形の折り紙。

 そうして、完成した折り紙。

 それを。

 折った。


「これが、研究の成果です」


 そういって差し出したものに、トリルさんは厳しい視線を送った。

 それから。


「これは、どういうことですか。到底、正七角形には見えませんが」


 そこにあったのは、長方形が斜めに折れたような形の折り紙。

 正七角形には、似ても似つかない、代物。


「これが成果です」

「――完成、しなかったのですね」


 トリルさんは冷静にそういった。

 表情こそ変わらない。

 でも、その裏に落胆があるのは容易に想像できた。


「これを、あと6つ用意します」


 そういって、あらかじめ準備をしてあった折り紙を取り出した。


「この7つを組み合わせて、作ります」


 私が折り出したのは、正七角形の一欠片ひとかけら

 それを7つ。

 一つひとつ、欠片を繋ぎ合わせ、正七角形を作り出していく。

 ユニット折り紙で作られる、正七角形。

  360 / 7°を中心角ではなく外角に使ったのが、密かなお気に入りポイント。

 それを見たトリルさんは。

 あはは、と気持ち良さそうに笑った。


「私も職業柄、色々なことをしているつもりでした。特に、折り紙については私なりに調べても見たりしたんですよ。でも、こんな折り紙は初めてだ」


そういってから、私の手をとった。


「やはり、貴女は天才だ」

「私一人の力ではありません。図書館テレリアの、仲間達の力です」

「貴女は謙遜が過ぎる。誰も成し得なかった正七角形の作成を行ったのですから。これは貴女の成果です」


 謙遜でもなんでもない。

 事実だ。

 私一人ではできなかった。

 アルとキセのお陰だ。

 でも、これ以上言っても仕方ないだろう。


「ありがとうございます。お言葉、痛み入ります」


 そういってその場は納めることにした。

 これで、終わりだ。

 図書館テレリアの一員としての仕事は終わった。

 これで帰れる。

 やっと肩の荷が降りた。

 あとは、キセとパルフェを食べよう。


「それでは、私はこれで」


 そういって、その場をあとにしようとしたときだった。


「ジオさん」


 トリルさんに呼び止められた。

 なにかあるのだろうか。


「なんでしょうか?」

「よろしければ、商会ヘルメスの一員になりませんか?」


 なんですと?


「貴女は有能だ。貴女の才能は世界を変えうる。私はそう確信しています。そういっても、貴女はきっと、否定するでしょうが。ですが、貴女は世界をより良くできる力を持っています。商会ヘルメスはそれをサポートする力があります。ジオさん、一緒に世界を変えませんか?」


 ああ。

 こんなにも評価してくれるなんて。

 ありがたい。

 毎日パルフェを食べながら、好きなだけ数学の本を読んで。

 自由に数学ができたら、それはきっといい気分だろう。

 でも。

 それでは足りない。そう思う。

 私には、仲間が必要だ。

 一人ではなにもできないから。

 そして。

 なにより。

 極度の寂しがり屋だから。


「ご厚意感謝いたします。ですが、私の居るべき場所は図書館テレリアの他にありません。慎んで辞退致します」

「どうしても、ですか?」

「はい。申し訳ありません」

「分かりました。ですが、私は諦めの悪い人間でして。貴女の席は、常に空けておきます。いつでも声をかけてください」

「ありがとうございます」


 そういって、屋敷から出ていった。

 これで本当に終わりだ。

 屋敷を出て、できるだけ足早に宿に帰った。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 宿にはキセとアルがいた。その二人の前でやっと、本音を出せた。


「正七角形、創ったぞー!」


 時間に追われいた。だから、今の今まで、その成果を噛み締めることができなかった。やっと、存分に感じることができた。


「おめでとうございます」


 キセも拍手で誉めてくれた。


「本当に創ったんだね。おめでとう」


 アルも笑顔で誉めてくれた。


「二人にお願いしてもいい? もっと誉めて欲しい!」


 そういうと、アルは笑って「本当によくやったね」

 キセは全身で喜びを表現しながら「ジオさんは天才です!」


「でしょー!」


 そういって、ケラケラ笑った。

 そうしてひとしきり。みんなで喜んだあと。


「パルフェでも、食べにいきますか」


 そういって、みんなで喫茶店に行った。

 アリスさんが研究を終えるまで、まだ大変な日は続くだろうけど。

 でも今は、一つの成果が出せた喜びで、胸が一杯だった。

 その日のパルフェは、人生で一番美味しかった。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 正七角形の折り紙は、自信になった。

 それ以上に、私にできることが、増えている気がした。

 これからは、今まで以上に色々なことがやれる気がした。

 それは、ある意味で正しく、ある意味で間違っていた。

 この先に待っているのは。


 ――ただただ、嵐だった。

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