第29話

 キセは最高の仕事をしてくれた。

 それは同時に、良い出来事と、悪い出来事を運んできた。  

 良い出来事。

 キセが見つけてきた本には、いままでにない折り紙が書かれていた。

 ユニット折り紙。

 複数の折り紙を組み合わせて、ひとつの形を作る。

 それは、私にとって新鮮だった。

 よくよく考えてみたら、ヤッコとハカマで似たようなことをしていた。

 それが、もっと複雑になったものだ。

 そして何より。

 ユニット折り紙では、正四面体と正六面体の折り方が書かれていた。

 そんなことが、本当にできるか?

 半信半疑と、興味が尽きない。今すぐにでも折り出してみたかった。


 ――そして。

 悪い出来事。


 最高の贈り物を目の前に、私は寝なければならない。

 キセが本気の目をしている。

 キセは怒らせると怖い。そんな気がする。

 本当なら大人しくしたがって、寝るところだ。

 寝て起きたら、未知の折り紙ができるのだから。

 とりあえず、したがっておくの吉だ。

 でも、今回はそれが難しかった。

 興奮しすぎて、寝られない。


「なぁ、キセ」

「なんですか?」

「興奮しすぎて寝れないから、ひとつだけ折ってからじゃダメ?」

「ダメです。寝てください」

「だから寝れなくて」

「もし寝ないなら、この本を返してきます」

「――それは、やめよう」

「じゃあ、寝てください」


 押し問答を3回も繰り返したところで、私が折れた。


「分かった。私の負けだ。大人しく寝るよ」


 でも、ただ折れたわけじゃない。

 私にはひとつ、作戦があった。


「でもあんまり眠れそうな気がしないんだ」


 それは、あまりにも悪魔的な発想だ。


「――だからさぁ。キセも一緒に寝てくれないか?」


 そう。

 キセさえ寝かしつけてしまえば、私は自由だ。


「横にいるだけで良いんだ」


 キセの反応は、変だった。

 顔を赤くして、口をわなわなさせている。

 作戦がばれているかもしれない。慎重に行動しよう。


「キセがいてくれたら、よく寝れる気がするんだ。ダメか?」


 キセは、不思議に表情を変化させる。

 それが一段落すると「はい」と答えてくれた。

 よしっ!

 あとはキセを寝かしつけるだけだ。

 子供の相手など容易い。

 キセと一緒に布団に入った。

 そこで気がついた。

 子供は暖かい。

 布団は冷たいもので、それが気持ちいいと思っていた。

 けれども、暖かなものは、それはそれで良いものだった。


「キセ、暖かいな」


 キセからの返事はなかった。

 そっぽを向いているので、表情もわからない。

 だからつい、抱き寄せてしまう。

 不思議だ。

 暖かさで、何かがほどけていくような気がする。

 呼吸をするたびに、意識がゆるゆるとおどけ落ちて。

 呼吸と一緒に、静かに暖かい暗闇が包んでいった。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 気がついたときには日が傾いていた。

 寝てた。のか。

 マジか。

 どうやら、腕の中でキセも寝ているようだった。

 顔がこちらを向いている。

 なんだかんだ言ってもまだ子供だ。

 キセを起こさないようにそっと布団を抜け出して、お楽しみタイムを始めた。

 ユニット折り紙。

 それは新しいものだった。

 一枚からひとつを折り出すのではなく、一枚から部品を折り出しそれを組み合わせてひとつのものを作り出す。

 正四面体は折り紙4枚で、正六面体は折り紙6枚で、作るようになっていた。

 これは、面白い。

 複数の紙を組み合わせることで、見た目に変化を持たせることができる。

 それが面白かった。

 普通は一枚で折り出す関係上、紙の質感や見た目は1種類になる。

 ユニット折り紙であれば、組み合わせによって複数の質感や見た目にできる。

 これはなかなかよかった。

 20個近く折ってみたところで、キセが目を覚ました。


「おはよう」


 キセは目を擦りながら「ちゃんと寝てましたか」と聞いてきた。


「ああ、バッチリだよ。お陰で体の調子も良いよ」

「よかったです」そういって、あどけなく笑った。

「でも気を抜かないで、これからもしっかり寝てくださいね」

「ああ、わかってる」

「絶対ですよ」

「ああ、絶対だ」


 そういうと、キセはまた眠ってしまった。

 疲れているのだろう。

 まぁ、無理もない。

 子供よりも聞き分けのない大人を相手にしていたら、そうもなる。

 私は手を止めて、キセの眠るベッドの横に座った。

 それから、寝息をたてるキセの前髪をそっとあげて、額にそっと唇をあてた。


「ありがとうな。手間のかかる大人の相手をしてもらって」


 そういって、また作業に戻った。

 気分は悪くない。むしろ良い。

 今なら、なにか新しいことが分かりそうな気がした。


「よし。やるか」


 そう言葉にして、机に向かう。

 そして実際に、新しい発見があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る