第27話

「理論上は可能だけど、それを見つけるための手段がないってこと」


 手段がないってことは。


「試行錯誤を繰り返すしかない、ってことか」

「それか、ちゃんと理論を組み立ててるか、かな」


 理論の方面はアルがいないと無理だ。

 だとしたら。


「なぁアル。いつまでこっちにいる?」

「可能なら今すぐ戻るつもりだけど」

「いつまでなら大丈夫なんだ?」

「一晩」即答だった。

「頼む。その式を見つけられたかどうか。確認する手段を教えてくれ」


 その言葉にアルは、笑顔をしまった。


「悪いけど、やめといた方が良いよ」

「なんでだよ?」

「人は分からないことに耐えられるようにはできていないんだ。

 賢い人ほど、ね。ジオにとってボクの知識は、毒でしかないよ」

「そんなこと」そんなこと「私には関係ない」


 人が耐えられるとか、耐えられないとか。私にはわからない。

 わかっていることはひとつ。

 今の私には、それが必要だ、ということだけ。


「アルの言っていることは分からないが、もし仮にそうだったとしても、正七角形に手が届くなら、毒でもなんでもいい」


 その言葉でも、アルは納得しなかった。


「1000年先の数学と聞いたら、ジオは耐えられる?」

「何を言っているんだ?」

「それだけ、未知のものだってことだよ。

 人はどんなに天才でも50年先の数学までしか理解できない。

 それが現実だ。

 ジオが教えて欲しいって言った数学は、それよりも20倍難しい。

 それに、この数学はジオの得意分野の幾何学とはかけ離れたものなんだ。

 未知の領域でさらに意味の理解できない難しい内容なんだ。

 分からないものしかない数学に、ジオは耐えられると思う?」


 アルはきっと、心配してくれている。

 何を心配しているのかはわからないけど。

 でも、きっと。

 私が知ろうしている内容は、本当に理解が難しいことなのだろう。

 数学を辞めたいと、そう思うようなこともあるかもしれない。

 それを心配しているように感じた。

 私は、まっすぐにアルを見て答える。


「私は数学が好きだ。理由もなく、ただ好きなんだ。

 数学の世界で、自分がどれだけ凡夫かは理解している。

 何一つまともな成果を出せていないことも、自覚している。

 私は凡人だ。

 それでも。

 数学が好きなんだ。

 だから、やれることをしたい。

 挑戦させてくれよ。やらずに終わりたくないんだ。

 やれることなら全部やりたいんだ。

 だから教えてくれよ」

 

 アルは一瞬、色々な感情がない交ぜになったような。

 嬉しそうな、悲しそうな、なんとも言えない表情をした。

 それから。「よかった」笑った。


「ボクの話は難しいよ。

 できるだけ分かりやすいように努力はするから、ジオも頑張ってついてきてね」


 私はキセのような「はい」返事をした。


「じゃあ、早速。基本のキ、式の話からするよ」


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 最初に関係式を学んだ。

 その中でももっとも簡単で身近な割合を式にしたものからスタートした。

 比例の式。

 第一の量(アルはこれを文字を使ってyと表していた)に対して、第二の量(xと表していた)に決まった数(これをaと書いていた)を掛け算したものと一致するとき、これらの関係を比例と言って、 y = ax という式の形で書いていた。

 言いたいことはわかる。

 片方が、もう片方の何倍かになっている関係。

 そしてこれは、割合と同じだ。

 割合を表す式。それ自体は理解できた。

 でも、それをこんな風に式で表すという、発想と、そしてこの文字という記号の威力に心底驚いた。

 いままで数字として見ていたものを、関係として見直して、なおかつ式にする。

 1000年先は伊達じゃない、と感じた。

 そしてその認識は、パルフェよりも甘かった。

 そんなもの、比べるべくもないほど、斬新な数学が現れ続けた。

 比例の式の次はグラフが登場した。

 式で表したものを、グラフというものを使って、視覚化した。

 それは、真ん中に大きな十字の線があって、それをもとに比例の式を直線で表現したものだった。

 式では分かりにくかった、増え方が視覚的、直感的にわかるようになった。

 頭がくらくらする。

 こんなにも数学の深さが、脳に刻まれていく感覚がする。

 痛みを伴いながら。自分の知識に刻まれていく感覚があった。

 それから1次関数なるものに進んだ。

 比例の式は y = ax だったが、今度はそこにbがくっついた式になった。

  y = ax + b 。

 アルはこれを1次関数と言っていた。

 そこにはもう、割合の影も形もない。

 純粋な2つの数量の関係を表す式になった。

 そこで一気に広がりを見せた。様々なものが、1次関数で表せることがわかった。

 そうしてこの1次関数が、折り線に対応しているのだと分かった。

 とうとう、式と折り紙が繋がった。

 がぜんやる気が出てきた。

 もっともっと、この1次関数を知りたくなった。

 この1次関数の次は、座標と中点のことを話してくれた。

 座標は場所を表すのに使えた。

 折り紙の中での場所を、数学的に表せるようになった。

 中点は、2つの点の真ん中を表す方法だった。これは折り返したときに使えた。

 そうして、例の式を見つけるための武器が揃った。


 x  3x  2 - 2x - 1 = 0


 この式が成り立つ x を探すための武器だ。

 この1次関数と、折り紙の6番と組み合わせる。

 そうして、式を求めて、それが例の式のxになっているのかを調べれば良い。

 ここまで学んだところで、朝が来た。

 時間だ。


「なんとか間に合ったね」

「もっと詰めたいことはあるけれども、あとは手紙で質問するようにする」

「うん。ボクの方も時間があればこっちに来るようにするね」

「いいよ。

 こっちで頑張っても、帰る場所がなくなったら本末転倒だ。

 アルはアルで大変だと思うけど、頑張ってくれよ」

「お互いにね」


 そういって、アルと私はふふと笑った。

 アルは朝イチの馬車で戻っていった。

 さて。

 おぼろげながら道は見えてきた。

 あとは、その道を進んでいくだけだ。


「よしっ!」


 そういって、まずはベッドに倒れこんだ。

 どんなときでも、睡眠は大切だ。

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