第25話

 6日間。

 正六角形を折り続けた。

 寝食をしっかり取りながら、それ以外の時間をすべて正六角形に費やした。

 その結果、大きな変化があった。

 折り紙を前にして深呼吸。

 それから目をつむり、心を落ち着けて、折り紙を手にする。

 手触りのみを頼りに、紙を折る。

 最後に、差し込みをしっかり行う。

 目を開けると、そこには正六角形があった。

 もはや目をつむって、折ることができるようになっていた。

 これが、6日間の成果だった。

 そこまでする意味は、全然ないけど。

 でも。

 できるようになった!


「キセ先生。どうでしょう?」

「う~む。これは――」

「ダメでしょうか?」

「いいえ、バッチリです!」


 そんな他愛もないやり取りで、2人でキャッキャウフフしたあと、ついに正八角形に進むことになった。

 正八角形は。

 想定以上に簡単だった。

 正八角形の作図は 45° を作ることが要になる。

 それが、折り紙では簡単にできてしまった。

 90° の半分で 45° それを利用すれば、難しくはない。

 中心を通るように、縦横に十字の折り目をつける。

 同じく中心を通るように、斜めに十字の折り目をつける。

 ひとつの角を上にして、右端が斜めの折り線に、ぴったり重なるように折る。

 左端も同じように折る。

 残りの3つの角でも、これと同じように折る。

 そうすると、折り紙の真ん中に正八角形の折り線が完成する。

 数学的には、これで完成だ。

 あとは折り紙の領域だ。

 正八角形が表に来るように、裏で折り畳む。

 折り畳む際に、折り紙の隙間に差し込む操作があるが、もうお手のものだ。

 そうして、見た目もしっかりした正八角形が完成した。

 そこそこキレイに折れて嬉しい。が。

 正七角形には繋がらなさそうだ。

 少し残念。

 ちょっと、ため息。

 それから。

 思いっきり、息を吸う。


「よし。方針転換だ」


 行き詰まり何てものは、数学ではよくあることだ。

 いちいち落ち込んでいたら、一生なんてすぐ終わってしまう。

 ダメだとわかったら、別アプローチを考える。

 でも。

 そうしたらいいんだ?

 髪をかきあげて、それから、落ち着くために深呼吸をした。

 それから、書き物机の椅子に座って、机の上を眺めた。


 ――ん?


 一冊の本が目に飛び込む。

 タイトルは『これで完璧! 折り紙入門編』。

 あの、古本屋で手にいれた本だ。

 その本を見た瞬間、頭の奥で火花が散った。


「――キセ」


 私の声に、キセは不思議そうに返事をした。


「キセは何種類くらい、折り紙を折れる?」

「わかりませんが、本に書いてあったものは全部折ます。なので、たぶん50種類くらいです」

「その50種類。全部の折り方を、教えてくれないか?」

「わかりました。でもそれが、正七角形につながるんですか?」

「わからない」


 そう、わからない。でも。


「でも、たぶん繋がると思う」


 直感でそう思った。

 そうだ。

 私は折り紙について、本質的には、なにも知らない。

 ただ、いくつかのものを折れるだけだ。

 私の折り紙はまだ、数学じゃない。

 目に入った『これで完璧! 折り紙入門編』がそれを気がつかせてくれた。この本は折り方の入門編だ。だとすれば、その先があるはずだ。その本を手にいれることは、この期間では無理だろう。そして、その必要もない。

 私は、数学者だから。

 目的さえはっきりすれば、あとは自分の手で切り開く。

 もっと、知りたい。


「折り紙を、もっと知りたい」


 だから。


「色々な折り紙を通して、折り紙でできることを全部確認したいんだ。これは、キセにしか頼めないことだ。協力してくれないか?」


 キセは、元気良く「はい」と答えて、それからすぐに、折り紙の本と一緒に折り方を教えてくれた。

 私も、キセと一緒に折り紙を折っていく。

 自分の折った折り紙を開きながら、折り筋を確認していく。

 分からないことがあったら、目の前で折ってもらう。

 そうして。

 丁寧に確認していって。


 分かったことがあった。

 折り紙は、実は 7 種類の折り方しかない。


1つ目。2つの点を通るような、折り方ができる。

2つ目。2つの点があったときに、2つの点が重なるような折り方ができる。

3つ目。2つの線を重ねるような折り方ができる。

4つ目。1つの点と1つの線があったときに、線に垂直であり、さらに点を通るような折り方ができる。

5つ目。2つの点と1つの線があったときに、片方の点を線上に重ねながら、その折り線がもう片方の点を通るような折り方ができる。

6つ目。1つの点と2つの線があったときに、点を片方の線に重ねながら、折り線がもう片方の線に垂直になるような折り方ができる。

7つ目。2つの線と2つの点があったときに、片方の点を片方の線に重ねながら、もう片方の点をもう片方の線に重ねるような折り方ができる。


 この7つのうち、7番以外はすべて作図でも同じことができる。

 7番だけは、作図ではできない。

 なぜなら、折り紙を滑らせる必要があるからだ。

 この発見は、大きな意味があった。

 作図では正七角形はおそらくできないと思う。

 アリスさんがそう言っていたし、私もそう思っている。

 でも、作図ではできない操作が、折り紙ではできる。

 この7番を使えば、正七角形の作成が可能なのではないか。

 その希望が生まれたのが、大きかった。

 もし正七角形が折り紙で折れるのなら、7番こそがゴールにたどり着く鍵だ。

 口の端が、弧につり上がる。

 私は、前人未到への、攻略の鍵を手にいれたかもしれない。


 でも。


 そのつぎの1手は?

 そこに。


「やほー」


 軽快で軽薄な救世主が現れた。

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