第24話

「この度はご用命頂き、ありがとうございます」


 そう言って恭しく頭を下げる様子は、年齢以上のものだった。


「あぁ。はい。よろしく。

 あと、変に気を使うと疲れるから。いつもの感じで」

「はいっ」


 その返事は年相応だ。切り替えの早さが少し面白い。


「これから、結構大変な研究をしていく。

 私1人では、恐らく時間も実力も足りない。

 だからキセと共同でやりたいと思った。頼まれてくれるか?」

「もちろんです。頑張ります」


 それから、後ろの付添人に視線を送った。

 今日も白黒眼鏡だ。

 名前は、なんだっけ?

 いいや、適当にごまかそう。

 私は白黒眼鏡の方を見て、聞いた。


商会ヘルメスとの交渉はどうでした?」

「問題ありませんでした。

 こちらの提示した金額で受けてくださることになりました。

 期限まで、キセをお預けできます」


 それは良かった。

 商会ヘルメスとしては、社会的な立場上、断るかもしれないと思った。

 でも、許可が出たのなら良かった。


「それに収穫もありました。

 商会ヘルメスも、こちらの業種形態に興味を持っていただきました。

 良い関係を結べそうです」

「それは良かった」


 それから


「じゃあ、早速始めるぞ」


 その言葉に、キセの元気な返事が返ってきた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「これから、正七角形の折り紙を作成していく。

 とはいえ、いきなり正七角形の折り紙は無謀だ。

 だから始めに、正六角形、正八角形から折ってみる。

 そこから折り紙における正多角形の基本を学んでいきたい。

 キセは、正六角形、正八角形の折り方は知っているか」

「はい。この本に書いてあったので折れます」


 そう言って本を出した。


「ちゃんと、言われた通り持ってきました」


 そういうキセの様子は得意気だ。

 まだまだ子供だな、と思いつつ頭を撫でた。


「よし、まずはそこから行こう」


 商会ヘルメスからもらった大量の紙から1枚を取りだし、長方形を正方形に整える。

 それから、本に書いてある手順を追う。

 キセの持っている本は、東国の言葉で書いているので文は読めない。

 その代わり、途中図が載っている。

 その途中図を頼りに、折り方を判別していく。

 途中までは良く分かったが、最後に難所があった。

 完全に意味が分からない。

 ここで魔法を使います。ほら、キレイな正六角形になったでしょう。

 そう言われているような気分だ。

 あまりにも意味が分からなかったので、キセ先生に聞いた。

 すすると、差し込む、ということらしい。

 よく理解できないまま、何となく、力業で差し込んでみた。

 そうしてできた正六角形は。

 角が120°になっていなく、辺の長さも違うことが見た目で分かった。

 キセの手元を見る。

 キセが作った正六角は、キレイに正六角形だった。


「どうやったら、そんなにキレイに折れるんだ?」

「練習量です!」 


 練習量か。


「よし。まずは10回折ってみるか」

「はい。一緒に頑張りましょう!」


 キセの元気な声に背中を押されて、2周目を折り始めた。

 2周目までは楽しめた。

 3周目まではやる気があった。

 4周目で失敗に慣れて。

 5周目でなにも感じなくなり。

 6周目で飽きた。

 7周目で、心が悲鳴をあげて。

 8周目で、絶叫に変わった。

 9周目を折り切った時には。うんざりしていた。

 10周目を無の境地で折りきる。

 そうして手元にあったのは、やはり歪な正六角形だった。


 こんなん、絶対だよ。

 キセを見ると、楽しそうに鼻歌を鳴らしながら、正六角形を折っていた。

 これが。才能か。

 できる人間は、どんどん先に進む。

 凡人は、同じこと10回繰り返しても、ちっとも進歩しない。

 正六角形すらまともに作れずに、それで正七角形なんて折れるわけがない。

 ――だめだ。

 このままだと、精神衛生上、全くよろしくない。


「ちょっと疲れたな」


 そんな言葉が漏れた。

 それを聞いたキセは気を使って「パルフェでも食べに行きますか?」と言ってくれた。

 う~ん。パルフェは魅力的だ。

 でも今なら、パルフェを食べるお金で、本を買いたい。

 特に、折り紙の本を。

 そう思うと、また疲れが襲ってきた。

 気を抜くと、折り紙ことを考えてしまう。

 これはもう、寝るしかない。


 立ち上がり、ベッドに向かってうつ伏せに倒れた。

 そのまま、枕に顔をうずめる。

「ジオさん」なぜかその声は、「かなりお疲れですね」悪戯気に聞こえた。


「ああ、だぶん最高に疲れている。ちょっと寝るから」


 枕でもごもごした声になったけれども、気にしない。


「じゃあ、寝るよりも気持ちのいいこと。してあげます」


 なんだよ。

 寝ること以上に気持ちのいいことなんて、あるわけないだろ。

 顔を横に出して言った。


「なんだよ、気持ちのいいことって」


 その言葉の返事は。「じゃあ、触りますよ」そして。

 キセの手が、背中に置かれた。

 思わず体が固くなる。


「力を抜いてください」


 そう言って、背中を擦られる。


「ちょっ、なに――」


 抵抗しようとした瞬間、キセの指に力が入るのが分かった。

 押し出されるように、「――っぁ」思わず声が漏れた。

 なんか、めちゃめちゃ気持ちいい。

 痛さと痒さの中間のような、なんとも言えない刺激だ。

 キセの指の大きさもちょうど良い。

 指の圧力で凝りが押し出されていくようだった。


「指圧って言うんですよ。

 指で押すと、凝りが緩むんです。凝りを感じるところはありませんか?」

「肩、のあたり」

「わかりました。痛かったらすぐに教えてくださいね」

「分かったぁ」


 そう言って、あとは任せた。

 押されるところ全部、気持ちが良かった。

 そうして、いつのまにか眠りに落ちていた。


 現実と夢の間で。

 私は。折り紙を折っている。

 丁寧に折り目をつけながら、

 正六角形の手順を辿る。

 そうしてできた正六角形は、

 キレイだった。

 それをキセに見せて、

 キセは誉めてくれて、

 私は胸を張っていた。

 とても気持ちの良い、

 幻だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る