第22話

 太陽の陽が柔らかく降り注ぐ昼下がりだった。

 トリルさんに報告がある。そう伝えると、客間に通された。

 一言で終わることなのに。

 わざわざトリルさんに来てもらったことが、今更ながら申し訳がなかった。

 まぁ、トリルさんからしてみれば、良い報告ではないと思っているのだろう。

 だから、わざわざ客間に通した。

 状況を確認して、しかるべき対応をするため。

 そんなところだろう。

 客間に通され、席を促される。

 どうすれば、ちゃんと伝わるだろうか。

 色々考えたが、結局は端的に話すことに決めた。


「正七角形の作図についてですが」

「なにか問題でもありましたか?」

「いえ、問題と言いますか」


 言葉を探した。

 トリルさんが、一番受け入れやすい言葉。

 でも結局、冗談のような言葉しか思い付かなかった。


「完成しました」


 トリルさんの眉が一瞬ハの字に曲がった。


「それは、本当ですか?」


 そういう反応になりますよね。

 だって、昨日の今日ですし。

 私だって、トリルさんの立場だったら、同じ反応をしただろう。

 論より証拠。

 私は、作図を行った紙を取り出して見せた。


「これが、その作図です」


 取り出した2枚の紙を使って、それぞれ説明する。


「作図に際して、2種類の方法からアプローチしました。

 ひとつが、1辺の長さから作図したもの。

 もうひとつが、角度から作図したものです。

 長さから作図したものは作図自体は可能でしたが、再現性が低く実用的ではないと判断しました。

 誤差が出やすく、仮に上手く正七角形を作図できる長さを見つけたとしても、その長さで10回作図したら、そのうちの8から9回は多かれ少なかれ誤差が出て、始点と終点が一致しないでしょう。それほど、正確性も再現性も低いものでした。

 もうひとつは角度から作図したものです。

 こちらは目に見える誤差は出ませんでした。

 目測になりますが、この方法で作図したものは誤差は0.5mmほどでした。

 正七角形の周の長さが不明ですのでなんとも言えませんが、正六角形の円周をもとに計算すると、誤差は 0.008% 以下です」


 そう言い終わったあとに、顔をあげてトリルさんを見た。

 トリルさんの表情は厳しい。

 そこにある図に、誤りや欺瞞がないか、つぶさに確認しているようだった。

 そうして、しばらくすると。


「素晴らしい」


 そう、声が聞こえた。


「正直言いますと、この作図は街の高名な数学者達にも、同じ依頼をしていました。

 ですが、出来上がってきたものは一様に誤差がひどく、素人目にもすぐに正多角形としては、歪んでいるのが目に見えてわかるものでした。

 それらはすべて、長さから作図したものでした。

 ですが、ジオさんの角度の作図は」


 そういってから、トリルさんも顔をあげた。


「こんなにも綺麗に作図できるなんて。これは、正七角形を作図できたことにはならないのですか?」

「理論上はなりません。理論上ならないものを、作図できたとは言えません」

「そういうものですか。いや、それにしてもこれは」


 トリルさんは繁々とその図を見ていた。それから。


「無理を承知でお聞きします。よろしければ、その角度を利用した作図の方法を教えていただけませんか?」


 作図の方法について。

 本来なら、答えられない、と言って断るところだ。

 私が図書館テレリアに所属している以上、この知識は私のものではなく、図書館テレリアのものだから。

 だがここは。

 秘匿するよりも、公開してしまう方が利益が大きいように感じた。

 図書館テレリアの有用性を示した方が、今後も良い関係を続けられるだろう。

 ――アリスさんは、怒るだろうか。

 まぁ、良い。

 その時は素直に怒られよう。


「承知しました。この作図方法に関しては、図書館テレリアの所有する知識になります。ですので、本来はお教えできないのです。ですが、作図の正当性を示す意味合いもありますし、ここだけの話にしてくださるというのであれば、お教え致します」

「ええ、勿論」


 トリルさんの表情は生き生きとしていた。

 誰だって。

 何歳だって。

 知識が増えることは、子供みたいに嬉しいのだ。


「正七角形の作図が難しいのは、角度をうまく取れないことにあります。正六角形なら円をかいて、中心の角度を 60°にとって区切っていけば作図が可能です。同じ原理で正八角形も作図が可能です。

 ですが、正七角形を作ろうとすると、中心角は 360 / 7°になります。この角度は正確に計ることができません。なので、正七角形の作図はうまくいかないのです。

 ですので他の方法を探すわけですが、うまい方法は現在のところ発見されていません。ですから、正七角形の作図は未だに未解決なのです」


 一度言葉を切って、トリルさんの表情を見る。

 話が理解できているかを確認する。

 それを見てとったように、トリルさんは頷いた。


「角度を直接測って作図を行うことは困難です。ですが、角度以外の方法も難しい。そこで、角度を直接測るのではなく、高さに変換して考えることにしました。地面から適当な角度で斜辺1mの直角三角形を描くと、その高さは最初に作った角度によって1つに決まります。

 例えば、斜辺が1mの直角三角形で角度を30°で作れば、その高さは必ず50cmになります。

 残念ながらほとんどの角で、正確な値はわかりませんが、おおよその値なら測りとることができます。つまり、角度を決めるとそこから直角三角形の高さを求めることができます。こうすることで、角度というものを高さで捉え直すことが可能になります」


 トリルさんを見る。

 トリルさんは頷いてから。


「つまり、角度はわからないので、その代わりに高さを使った、ということですか」

「まさにそうです。残念ながら、キレイな関係ではないので、角度が 1° 変わると高さが決まった数だけ変わる、というわけではありません。

 ですが、どちらか一方が分かれば、もう一方はわかります。

 角度から高さが分かるだけでなく、逆に高さから角度を求めることもできます。

 360 / 7 °はおよそ51.43°。実際にはそれよりも少し小さいのですが、ざっくり51.43°だと思って貰って大丈夫です。ですので、角度を51.43°で取ったときの高さを測り、その高さを微調整することで360 / 7 ° に近い角度を作り出しました。

 高さが78.18cmになる角度で、半径1mの円に描いた正七角形の周の長さは、誤差0.5mm以内に収まりました。この数字は、パーセントに直すと、0.008%以下の誤差です。

 これが、私の行った正七角形の作図方法です」


 トリルさんは、ゆっくりと頷いた。


「角度を高さで代用、ですか」それから。

「凡人には思い付かない。天才の発想です」

「いいえ。私は天才ではありあません。天才は、正七角形の作図が可能か不可能か。それを示せる数学者のことですから。私の数学は紛い物です」

「いえいえ。もちろん数学的にはそうなのかもしれませんが、我々商人にとって大切なものは実用性です。この正七角形の作図方法は、十分に実用的なものです」


 トリルさんはそう言ってから、急に真剣な顔になった。


「ジオさんは私の想像を越える方でした。そんなジオさんにだからこそ、お願いしたいことがあります」


 なんか急に雲行きが怪しくなった。

 重大なことでも言いそうな雰囲気だ。


「なんでしょうか?」

「折り紙はご存じですか?」


 折り紙?

 もちろん知っている。

 けど、なぜ折り紙?


「東国の文化で、正方形の紙を折ることで様々な造形を作るもの、と認識していましたが」

「その通りです。では、改めて依頼を致します」


 その言葉を聞いて、嫌な予感がした。

 言われる前から「無理だ!」と叫びたくなるような難題を、言われる予感が。


「折り紙で、正七角形を作ってください」


 無理です。

 を言う前に、言葉を被せられた。


「無理を承知でお願いしています。これも、可能な限り近しいもので構いません」


 なんか、断りにくい雰囲気を出してきた。

 私は、判断の時間を稼ぐために、質問を投げ掛けた。


「いったいなぜ、そんな必要が?」

「それは――」


 トリルさんは、重みのある言葉で、語り始めた。

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