第21話

 古本屋は相変わらず、冷たく静かだった。

 店の中には他に客はいないようだった。

 老店主の、ぱらり、と本をめくる音が響く。

 さて、前回の続きを始めよう。

 一列目を、最初から。

 深呼吸をひとつ。

 それから、本棚に手を伸ばした。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 1列目の最後の一冊を本棚に戻した。

 数学の本は、なかった。

 成果は得られなかったが、それでも満足感はあった。

 悪くない。

 次に来たときは2列目を頑張ろう。

 一息ついて、店を出ようとした。

 その時だった。


「3列目の棚の、上から2段目、左から5冊目」

 

 その音が声だと、最初は理解できなかった。

 一瞬遅れて、それでやっと言葉に意味がついた。

 老店主に目をやる。

 いつもと同じように、ぱらりとページをめくっている。


「――いま」なんて?

  

 言いかけて、その言葉を飲み込んだ。

 聞くよりも、その場所を探しにいく。

 幸い、数字の暗記は得意だった。

 3列目、2段目。足して5冊目。

 そこにあった本を取り出す。

 その本には『これで完璧! 折り紙入門編』と書かれていた。

 あった。

 折り紙の本だ。

 表紙をめくる。

 山折、谷折、から始まっている。

 そして、「特別な折り方」として4つの折り方が紹介されていた。

 その本を受け付けに持っていった。

 本を置くと、金額を伝えられた。

 言われた金額を払う。

 金額を確認すると、上下を揃えて渡してくれた。

 それを受け取り。


「どうして、教えてくれたんですか?」


 思ったことを、口にしていた。

 店主は、静かな笑みを浮かべながら。


「声がしたんだよ。その本が、お嬢さんを読んでいる声がね」


 その言葉の意味はわからなかった。

 本が人を呼ぶことなんて、あるのだろうか。

 ――きっと、あるのだろう。

 数学でも似たような話を聞いたことがある。

 数字に色がついて見える人がいる。

 それが、ただの感覚異常なのか。

 それとも、神様からのギフトなのか。

 私にはわからない。

 でも、そう感じる人がいるのは事実だ。

 抱えた本を、もう一度見る。

 それから。


「親切に、ありがとうございます」

「お嬢さんのためじゃない。その本のためだよ。だから大切にしておやり」

「ありがとうございます。そうします」


 店主の言葉にお礼を返し、古本屋を出た。

 本の内容が気になり、走って宿に帰った。

 宿につくなり、書き物机の上で本を広げた。

 中にはどんなことが書いてあるのか。

 私の知らない折り紙の世界に期待で胸を一杯にしながら、ページをめくる。

 そうして分かったのは。


「お、おう」


 全部、知っている内容だった。

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