第20話

 宿に帰るなり早速、作図の構想に取りかかった。

 円周率の時とは違い、確度の高い見通しも立っている。

 あの時は膨大な数字の正多角形を相手にしていたが、今回は正七角形だ。

 正5760角形から考えたら、数字でおよそ 1 / 823 だ。

 余裕だ。

 余裕過ぎて、思わずニコニコ顔になってしまう。

 さて。

 今回のミッション攻略の方法は、主に2つ。

 1つ目は、長さで攻めていく方法。

 2つ目は、角度で攻めていく方法。

 まずは、長さで攻める。

 この方法は、至ってシンプルだ。

 円を描いて、その円周上に

 始点と終点が一致すれば作図完了。

 終点が始点に届かなければ、一辺の長さを長くして再挑戦。

 行きすぎてしまったら、一辺を短くして再挑戦。

 トライアル&エラーでのごり押し。

 発想は1%で構わない。残りの99%は、努力によって補う。

 力こそパワー!

 さて、作図に取りかかろう。

 そうして、正七角形に向けて、手を動かし始めた。


 結果は。

 散々だった。

 作図すること自体は、なんとか可能だった。

 けれども、再現性が低すぎた。

 3回作図して、成功は1回、残りの2回は失敗する。

 そして、その失敗の具合もバラバラだった。

 原因は2つ。

 コンパスの性能と、人間性能だ。

 体感だが、この2つの性能はブレが大きい。

 そしてその2つのブレは乗算され、結果として出てくる。

 両方ともピッタリはまらないと、正しい結果が得られない。

 これでは、実用性は低い。

 そもそも誤差0.1%に抑えられる可能性は、ほぼない。

 この方法はダメだった。

 いいんだ。

 手段はまだある。

 

 次は、角度から攻める。

 正しい正七角形の作図。

 まずは円を描いく。

 次に、その中心角が 360 / 7 ° となるように、うまく角度をとる。

 これができれば、正七角形の一辺が作図できる。

 最後に、その一辺をもとに、残りの6つの辺を作図する。

 これが本来の正七角形の、理論的な作図方法だ。

 とっても簡単でしょ!

 そうは問屋が卸さない。

 実際に問題になるのは 360 / 7° を精密に測りとる所だ。

 どんなに精密な分度器があったとしても、360 / 7° を測りとることはできない。

 ではどうするか。


 第一の武器。中心角ではなく、外角を利用する。

 第二の武器。角度を高さに置き換える。


 第一の武器については、図形の性質を利用した。

 正多角形は中心角と外角が一致する性質がある。

 中心角は場所的に扱いづらいので、外角の方に注目して、そちらで作業をしていく。

 第二の武器については、かなり実験的だ。

 何かを何かに置き換えることは、算数・数学では良くあることだ。

 例えば銀貨一枚の質量は7gと決まっている。

 このことから、枚数とgグラムの置き換えが可能になる。

 3787gグラムの銀貨を一枚いちまい数えて確認することは大変だが、gグラムを枚数に置き換えることによって、計算で求めることができる。

 具体的には、7gグラム→1枚なので、3787gグラム→541枚とわかる。

 物事を別の視点で捉えて理解する手法だ。

 では、なぜ角度を高さに置き換える、なんてことが実験的な試みなのか。

 それは、角度に対応する高さが正しい値がわからないからだ。

 さっきの銀貨の話では、きちっとした対応があった。

 1枚で7gグラム、2枚で14gグラム、541枚で3787gグラム

 枚数とgグラムの間に、必ず 1 / 7 の関係がある。

 常に同じ分数、比になっている。この性質が大切だ。

 でも、角度と高さの値の間に、この性質はない。

 角度が 30° のときに高さが1cmだったとしても、 60° で2cm、 90° で3cm、とは絶対にならない。

 だから、角度を高さに置き換えようなんて考えは、いまのいままでなかった。

 でも、今回に関しては有効なはずだ。

 誤差があってもいい。

 角度が 360 / 7° のときだけ、高さが分かればいい。

 この2つの条件が揃った、この状況なら、この考えは効果的なはずだ。

 美しくはない。

 でも、有用ではある。

 そう信じてやってみる。

 そうだ。

 やってみることは大切だ。

 私みたいな、凡夫には特に。


 手始めに半径10cm円から取りかかる。

 円の一点から、高さの基準になる接線を引く。

 それから、 360 / 7° 、およそ 51.4°の角度で1mの線を引いた。

 基準線からの高さを測ると、およそ78.15cm。あとは1mの直線と、円との交点とを結び、その線分の長さをコンパスで図り取って、その長さで円周を切り取っていった。

 その結果は。

 

 始点と、終点が。

         ほぼ一致した。


 声にならない声を抑えるように、口許に手を当てた。

 それから深呼吸をして、半径を10cmから1mの円にして同じことを行った。

 円を10倍の大きさにした。

 そうすることで、先程の作図と比べて10倍精緻な作図が可能になる。

 その結果は。

 終点は、始点に、僅かに届かなかった。

 思わず笑みがこぼれる。

 そうだ。

 こんなに簡単に終わるわけがない。

 と同時に、ゴールまでさほど遠くないことを感じていた。

 高さを 78.16cm、 78.17cm と、ほんの少しずつ変化さながら、さっきと同じ作業を続けた。

 そうして。

 高さ 78.18cmで終点と始点が、ほぼ一致した。

 違いがあっても 0.5mmあるかないか。

 正確な値は分からないが、 0.5mmのズレは全体の 0.0083% よりも小さい。

 おおよそ 0.008% だ。

 トリルさんに宣言した0.1%を余裕でクリアした。

 終了だ。

 私は、あっけにとられた。

 こんなものなのか。

 私は、3回繰り返し、3回とも誤差が0.5mm以内に収まることを確認した。

 十分に実用的な作図だ。


「終わった」


 あまりも突然に訪れた、現実に気持ちが追い付かない。

 正確な作図はできないだろう、そう言われている正七角形が、誤差があるとはいえこんなにもあっさりと作図できてしまった。

 夢でも見ているのではないだろうか。

 この現実を受け入れるには、もう少し時間が欲しい。

 こんなときは。


「そうだ。古本屋にいこう」


 頭を空っぽして、現実逃避をしよう。

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