第17話

「――私は、……、図書館テレリスを、……守りたい」


 そう口にした。

 言ってしまった。

 理想を口にするのは簡単だ。

 でも、結果にならないなら、それは無意味だ。

 ――私には。

 自信が無かった。

 そんな私を、アルは逃がさない。


「どうして?」


 喉がこわばる。

 それでも必死に、言葉を紡いだ。


「ここは  数学者にとっては最高の環境だ。  数学の本が集まっている場所は   世界中のどこにもないはずだ。   数学の最先端はここだ。   それを、守り――」


 その言葉を、途中で止めた。

 本当は、そうじゃないから。

 アルに見栄を張っても――。

 いいや、違う。

 自分に見栄を張っても。

 しょうがない。

 私は、私だ。

 大きく息をついて。

 それから、息を吸った。


「居心地が良いからだよ!」


 はは。

 言った。

 言ってやった。

 もういい。あとは全部言ってやれ。


「アリスさんがいて、アルがいて、キセがいて。そんな状況で、不自由なく数学ができるからだよ。こんなに安心できる環境を変えたくないんだよ!」


 そういうと、自分の浅ましさに、涙が出てきた。

 涙が溢れないように、怒りに身を任せて、アルを睨んだ。

 アルは、優しく笑って返す。


「良かった」


 それから背中を向けた。


「ボクもそう思っている」


 それが、気遣いだとわかって。

 もうダメだった。

 自分勝手な自分が悔しくて、涙が流れた。

 アルは、向こうを見たまま言った。


「それじゃあ、これからのことを考えよう」


 アルの言葉に負けないように、私は返した。


「ああ。上等だよ」


 この先がどうなるかは分からない。

 でも、自分にできることをしたいと考えた。


「ジオがそう言ってくれて良かった。ボク一人だったら、どうしていたかわからなかったから。じゃあ、最初に問題点を洗い出して。そこからそれぞれの対策を考えて、行動していこう。まず最初に――」


 それからしばらく、アルと話をした。

 嵐がくる。

 それが分かった。

 でも、幸い、それが来ることは分かっているのだ。

 何が起こるか分からない。

 でも、乗り越えられる。

 そんな気がしてきた。

 

 そして、想いとは逆に、状況はどんどん悪くなっていった。

 最初に、空気が淀んでいった。

 次に、仕事や依頼が、ぱったりと来なくなった。

 それから、図書館テレリアの館員が、一人またひとりと、辞めていった。

 最後に、二人だけになった。

 

 図書館テレリアには、静けさが積もっていった。

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