第13話

 街を実測するようになってから、生活が不規則になっていた。

 昼に寝て、夜に活動する。

 ずっと、測量のことしか頭になかった。

 キセのことも。

 アルに言われてやっと、最近顔を見ていないことに気がついた。

 そんな有り様だった。

 それが、こんなことになるなんて。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 キセのことについて、アルから話を聞いた。

 もともとキセはギムナジウムの子供だ。

 ギムナジウムは表向き、善意の寄付で成り立っている孤児院だ。

 でも、その善意には、裏を返すと欲望と書いてある。

 一定の年齢を越えれば、少年や少女達に大人の相手をさせる。

 旅行、食事、会話、などなど。

 大人の、心の隙間を埋めるために、相手をさせられる。

 そうして得られた対価で運営されている。

 ――らしい。

 そこれもこれも、聞いた話だ。

 だが、間違っていることばかりではないだろう。

 それが、ギムナジウムだ。

 キセも、いつかはそうなる。

 でもそれは。

 もっと先の話だと。

 勝手にそう、思っていた。


「キセが言っていたよ。ボクも円周率をもっと正確に知りたい。だからジオさんを手伝いたいって。ってね」

「それで、夜も外に出れるように、大人になるって。そういうことか」

「うん。もう働いてる年長さんに、色々教えてもらうって言っていたよ。礼儀作法。振るまい。大人の相手の仕方。などなど、ね。そうして、ギムナジウムの院長先生から試験を受けて、合格できれば大人として認められて、夜も外に出られるんだって」


 それは、つまり。


「歪んだ世界に放り出される、ってことじゃないか。キセはまだ、12やそこらの子供だぞ」

「需要があれば、供給は歓迎される。この社会では、ね」

「なんで、止めなかったんだよ!」


 私は、何を言ってるんだ。

 自分では気付くことすら、できなかったのに。

 アルを責めようとしてる。


「アルなら、止めれただろう」

「警告くらいなら、できたと思うよ」

「じゃあ、言ってやれよ!」


 アルは、顔を横に振った。


「キセの決断がジオのためなら、一回は警告していた。でも、キセは正確な円周率が知りたいって言ったんだ。そのために、自分でできることをしたかったんだ。キセは自分のために決断しようとしてた。だから止めなかった」


 分かっている。頭の中では分かっている。


 それでも。      「それでも、止めてやれよ!」

 心の中の感情は。   「リスクとリターンが釣り合ってないだろ」

 暴れて止めようがない。「そこまでして。知りたいものでもないだろ」

 

そんな私に。アルは、冷静に、言葉を突き刺す。


「じゃあジオは。この結末を知っていたら。円周率を求めるのを止めていたかい?」


 ――やめるわけ。

 言葉が、言葉にならなかった。


 ――ばかやろう!

 そう、叫んでしまいたかった。


 代わりに、小石を蹴った。

 蹴った時は、どこまでも飛んでいきそうだったのに。

 その小石は少し先で止まってしまった。

 それが、自分の感情の小ささに感じて、余計に苦しくなった。

 私は歩きだした。

 今日のパルフェを掴むと、その場に座って、パルフェを乱暴に口に入れた。

 食べれば食べるほど、自分を惨めに感じる。涙が出そうになる。

 それを押さえるために、次々に口に運んだ。

 全部なくなった。

 それから、歯を食い縛って、必死に涙を止めた。

 なんのための涙だよ?

 だれのための涙だよ?

 私に、泣く資格なんて。――ないのに。

 そう言い聞かせるたびに、涙が流れそうになる。

 どうしようもない感情が、夜の寒さに負けてしまうその時を、ただ耐えて待った。


「風邪引かないように」


 アルがそう言って、上着をかけてくれた。

 それを脱ぎ払って捨てた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る