第12話
マロンパルフェは、控えめに言って最高だった。
アルが奢ってくれるらしいので、お気に入りのパルフェとマロンパルフェの二刀流を実現させた。美味しさ無双だった。
パルフェを平らげて、幸せの腹太鼓を打った。
そうして満足感でいっぱいになるとやっと、次の手段を考えられるようになっていた。
でもダメだ、良さげな方法が思いつかない。
そう思うと「――、」ため息が漏れる。
「ジオさん」キセの声だ。
「良かったらこの後、あの場所に行きませんか?」
確かに。
散歩もいいかも知れない。
どうせ今のところ、できることもないのだから。
「ああ、行くか」
そう言って、前回のことを思い出す。
綺麗な景色だった。
青い空。眼下に広がる。街並み。
その街は、綺麗な円形で――。
「――おい。待ってくれ」
あまりにも唐突に出てきた答えに、気持ちがついて来なかった。
口を押さえながら、声に出して確認をした。
「この街は、円形だ」
だったら。
「測れるんじゃないか?」
アルの口笛がその考えを肯定していた。
「その視点は盲点だなぁ。それに、この街はアリスさんが作ったことを考えたら、なかなか説得力があるね。この街自体が、アリスさんの円周率への挑戦だったのかもしれないね」
私は、さっと血の気が引いた。
アリスさんの言葉を思い出す。
――お前に任せる。
それは、アリスさんからの謎かけでもあったのだ。
自分の意図に気がつけ。
そうすれば答えは出る。
あれは、そういう意味だったんじゃないだろうか。
あの人は、いったいどこをまで進んでいるのだろう。
すべてが、手のひらのうえだ。
――参りましたよ。貴方はすごすぎる。
そう心のなかで呟き、それから実測の計画をたてた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
実測は人通りがほぼない、夜に行うことにした。
方法は、街の中心部、広間のど真ん中から街の端まで、糸を使って実測する。
幸い、広間からは幅の広い大きな道が6本あり、すべて中心の広場から一直線に街の外まで続いている。
その道を使って測量を行うことにした。
杭で中心を作り、糸で半径を測る。街の外周から中心の広場までを使った、大がかりな実測だ。
それは、思いのほか簡単ではなかった。
まず、中心である広場から街の外周まで約 5 km。
それだけ長い糸を用意するのが簡単ではなかった。
できれば一本の糸でやりたかったのだが、そんなに長い糸はこの世に存在しなかった。
「なかったら、作れば良い」
アルの一言で、100mの糸を 100 本以上を結び合わせて、長い長い糸を作った。
途中で糸と糸が絡まり絶望した。
マロンパルフェがなかったら、すべて終わっていかもしれないほどの危機だった。
この頃から店長に顔を覚えられたので、夜でもパルフェを食べられるように、持ち帰りをさせてもらえるようにした。
パルフェの力を借りた私は、絶望を乗り越えることができた。
一方で、そのあまりに強力な効果と、その乱用している私を見て、アルに「パルフェは 1 日 1 杯まで」と言われてしまった。残念だ。
そうして、準備ができて、いざ実測を行うと、また問題点が出てきた。
街の外周から中心の広場に釘をうって、また外周に戻ってくる。
これだけでも徒歩で 3 時間近くかかる。体力と時間の 2 つの問題が重くのし掛かる。けれども、既にそれくらいでは動揺しなかった。どんな困難でメンタルが傷ついても、パルフェがすぐに回復してくれる。今の私に、隙はなかった。
それに、この問題はすぐに解決した。
アルからの提案で、外周から広場の釘に向かって糸を持っていく役と、広場の釘から外周に向かう役の 2 つに分け、広間で 2 つの糸を結ぶという画期的なアイデアだった。これで、移動時間を半分に短縮できた。
実測を行う時間が増えた効果は大きかった。
だがそれで終わりではなかった。
次の問題が、なかなか大物だった。
街の中心から郊外まで測ろうとすると、中心角が小さくなりすぎるのだ。
建築で使う精巧な分度器で中心角を1°に設定して測定を行ったら、1kmも進まない内に道幅の10mを越えてしまった。
角をもっと小さくする必要がある。
しからば、小さくしよう。
角を二等分する作図を使って 1° を半分の 0.5° にして挑戦した。
中心角を 0.5° にした結果は。約 1 kmを過ぎたところでアウトだった。
しからは、さらに半分にしよう。
0.5° をさらに半分にして 0.25° を作った。
中心角を 0.25° にすると、 2 km付近まで行けた。
ならば、もう半分。
でも、この中心角 0.25° 以降が鬼門だった。
小さな角をさらに小さくしていくには、広さと長さが必要だった。
0.25° の作図で、既に広場では足りなくなり、道にはみ出て作図を行うことになった。
そして、それに伴って問題が発生した。
作図のための、長い長いコンパスが必要になったのだ。
もちろんそんなものはない。
かといって、簡単に作れる代物でもなかった。
そうすると、必然的に
糸を使った作図だ。
だがこれには問題が多い。糸は
短かい糸なら誤差ですむが、長くなればなるほどこの伸び縮みの差は大きくなり、コンパスの必須条件である同じ長さを測りとることが困難になってくる。
これに対抗する数学の手段は、存在する。
平均だ。
何度も何度も測定して、それらの値から真の値に近づける方法。
……地味だ。
でも、やれるなら、やろう。
私の中の別の私が、数学的な厳密さが足りないのではないか、とずっと訴えている。でも、私のマロンパルフェでできたメンタルは、そんなことでは折れないほど硬くしなやかになっている。
中心角を 0.125° 。それで 20 回測定した。 20 回の測定値の平均をとる。
そうして出た数値が 1091.5 cmだった。
これが、街を使った測定結果だった。
正直に言うと、あまり自信はなかった。
数学的な厳密さからはほど遠い。
それでも、私はこの値を信じることにした。
なぜなら、中心角 0.125° ってことは。
「これが、半径 5 kmの正2880角形の一辺だ」
手計算を行った正1536角形の倍近い角で一辺を求めたことになる。
「願わくは、もうひと半分。中心角 0.0625° までやりたかったけどね。それができるのは、この街の発展具合から、あと300年後くらいかな」
そう、できることならもう半分。
それで測定をしてみたい。
でも、コンパスの精度からはもう、限界だろう。
今だって、平均でなんとか対応できている、のかな。といった精度だ。
これ以上は信用できない。
だから。
「じゃあ、最後の半分は、数学で補う」
アルを見て言った。
「円周角の定理だ」
アルは無言に、なるほどね。をいう。
円周上の 3 点をとってできる角を円周角という。
これは円周上の2点と中心をとってできる角、中心角の半分になる。
それが円周角の定理だ。
この性質を利用すれば、最後の半分が可能になる。
ただ、同時に問題が出てきた。
精度を確保するためには、最低でも 3 人は必要だ。
私とアルだけでは足りない。
最後の 1 人が、必要だった。
その最後の一人は、できることなら、キセを頼りたかった。
でも、子供を深夜に外に出すのは躊躇われる。そもそも、ギムナジウムの子供ならば、深夜に外に出すなんてことは、させないだろう。
かといって、他の人に頼むということも、信用という点で、できなかった。
どうしようか。
「もしかして、困っている?」
そう、アルが聞いてきた。
「ああ、人数が足りない」
「キセに頼んだら」
「無理だよ。深夜に子供に働かせるなんて」
アルは、珍しく真剣そうな目をして。
「キセはもう、子供じゃないかもしれないよ」
私には、その言葉の意味と意図がわからなかった。
「どういうことだよ?」
「キセは、子供を卒業しようとしているってことだよ。子供はいつかは大人になる。そのいつかを、キセは自分で『今』と決めたんだ。キセ自身のため、そしてほんの少しだけ、ジオのために。ね」
待て。
待て、待て。
待て、待て、待て。
どういうことだ?
私の知らないところで。
キセに何が起こっている?
「詳しく教えてくれ」
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