第2話

 少年の表情は、真剣さと希望と、緊張で、いっぱいだった。

 大切な物事に望む子供の姿は微笑ましい。

 つい口許が緩んでしまう。

 でも、これから始まるのは大切な試験だ。

 だからこそ私も、いつもよりも強く、唇を横に結んだ。

 真剣な表情と、真剣そうな表情の二人で向かい合う。


「入館試験について説明する」


 図書館テレリアの入館試験は、なかなかに難しい。

 問題を解くために、数学的な能力が必要なことはもちろんだ。

 だが、一番難しい部分は、答えが出ただけで終わりではないということだ。

 問題を解けるだけではダメだ。

 その問題の背後にある数学を、どこまで理解できたのか。

 それが合否を分ける。

 合格する者は、決して多くない。

 そしてなにより。

 不合格になった時のデメリットは、大きい。

 基本的に、入棺試験に 2 度目はない。

 例外は 2 つ。

 斬新で画期的な研究結果の提供。

 全財産の提供。

 前者の例はまだないが、後者に関してはごく稀にいる。

 だがそれも、予備試験というていで行う口頭試問こうとうしもんで、再起不能になるくらいに精神を折るようにしている。それは、優しさだ。

 そんなこんなで、実際に 2 度目の受験にまで至った例は、今の今まで 1 度たりともない。

 私はそのことを、少年に伝えた。


「年齢に対する配慮はないから、キミが合格する可能性はかなり低いだろう。そして 2 度目の試験例は今まで一度もない。恐らく、最初で最後の試験になるだろう。それでもキミは、今この場で試験を受けるか?」


 少年は、こくんと頷いた。


「分かった。ひとつだけ聞かせてくれ。これは試験とは関係ない、私個人からの質問だ。なぜそうしてまで、図書館テレリアに入りたいんだ?」


 少年は、凛として答えた。


「数学を、学べるからです」


 そうだった。この少年は、算数では満足しないのだった。

 数学で紙が飛ぶことを知ってしまったのだから。

 もっと、もっと知りたくて。仕方のないのだろう。

 その気持ちは、よく分かる。

 なにより。自分がそうだったから。

 私は、苦笑いを浮かべた。


「少年にとって大切な試験だ。はなむけをやる。

 テレリアには神聖視する、5つの立体がある。

 正四面体、正六面体、正八面体、正十二面体、正二十面体。

 それぞれ順に、真理、情熱、冷静、挑戦、思慮を表している。

 この 5 つの立体が、キミに道を与えることを願うよ」


 そう伝えてから、問題用紙を一度見る。

 そこかかれているのは、たった一問。


【問題】

 3つの整数がある。

 3つ目の整数と2つ目の整数の比から , 3 つ目の整数の半分を引き , 1を加える。

 そこに1つ目の整数をかけると 2 になる。

 (1)この3つの整数の組を、すべて求めよ。

 (2)それぞれの場合について。

  ①1つ目の整数

  ②1つ目の整数と3つ目の整数の積の半分

  ③1つ目の整数と3つ目の整数の積と2つ目の整数の比

  の3つの数字を求め、その組をすべて答えよ。


 美しい問題だ。

 少年は、この問題に隠れている美しさに、気づけるだろうか。

 難しいだろう。

 まだ少年なのだから。


 ――でも、もしかすると。


 そんな期待もあった。

 いずれにせよ、本人の問題だ。


「試験期間は、今から始めて3日後の夕刻まで。それ以降の回答の提出は受け付けない。回答を行っても、期間中なら再回答を認める。試験期間終了後に、口頭試問を行う。その口頭試問を以て、合否を決める。

 試験期間中に、誰かに相談することも認めし、ズルもやり放題だ。ただ、忠告しよう。自分は騙せても、数学は騙せない。それは、わかっているな」


 それを聞いた少年は、真っ直ぐに私を見た。

 そうして、一度、頷いた。

 良い子だ。

 緩む口許を隠し、静かに呼吸を整えた。

 問題用紙とペンを、少年に渡した。

 そうして、後戻りできない、最後の一言を告げる。


「それでは、始め!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る