第7話

……たとえば、RPGをしていて、町人に話し掛けた際に

「あぁ、あなたが噂の勇者様ですか! 応援しています、頑張ってください!」

とか何とか言われたことのある人、いませんか? いますよね? 何を隠そう、俺は最近、現実でもそれに近しい気分を味わってるんですよ。ゲームとは違い、英雄というよりも特異な生き物を見るような目で見られているわけだから、居たたまれないことこの上なしだけれども。

「あ、安養寺だ」

「え、どれ?」

「あそこでチャンポン食べてる奴」

「眼鏡?」

「じゃないほう」

先輩方、大変言いにくいのですが、全部聞こえております。人間ってどうして手を使わないと耳を塞げないのかな。不便だ。

マネ部のおかげで俺の学校生活は、どこにいても心の休まるときがない。

今みたいに「学食デビューしてみようぜ」と、印内とともに初めての食堂で昼食を楽しんでいても―― しかも大人気と名高い1日20皿限定・特製チャンポンをゲットして、熱々の麺に舌鼓を打っていても、周りの好奇の目と噂話が気になって味がしない。

狭い学校という社会に於いては、個人情報などダダ洩れらしい。

「へぇ、何かいいことあるかな?」

「何それ」

「珍しいモン見たし、的な?」

「ウケる、その案」

「幸運のマネ部男子的な?」

「センスあるわ」

ほら、また違うグループが俺の話をしている。残念ながら、俺は四つ葉のクローバーじゃないんすよ、そこの2年生らしき女子3人組さん。

「あ、シャウトだ」

「シャウト?」

「うん。ほら、野球部の」

「あぁ、入部したいって叫んだっていう?」

「それそれ」

また別の誰かがどこかで喋ってる! 何だシャウトって?! ミドルネーム? 安養寺・シャウト・光太? 新種の生き物? どういう扱いなんだよ。そこまで言うならいっそ、特別天然記念物扱いで保護してくれ。そして崇め奉ってくれ。

「お前、ほんとに有名人だな。入学から1週間だぜ? まだ」

同じくチャンポンをはふはふ言いながら頬張る印内が笑った。曇った眼鏡がいい感じにグルメレポをしている。

「やめてくれよ」

「そう言うなよ。いいじゃん」

「不本意なんだよ、そんなんで有名になるなんて」

「俺さ、思うんだけど」

「何だよ」

「俺らの会話のうち、お前の発言の70%くらいは『やめてくれよ』な気がする」

「やめてくれよ」

「ほら」

「……」

本場・長崎出身の食堂のおばちゃんが作る、一度食べたらやみつきになると評判のチャンポンだが、今の俺にはその旨さが分からない。心労で味覚がおかしくなっているに違いない。いつになったら落ち着いて昼飯を食べられる日が来るのだろう。

「マジでうまいな、これ」

「やめてくれよ」

「えっ、何で?」

「……何でもないよ……」

条件反射みたいな己の返答に絶望感が押し寄せてきた。思わず顔を覆ったところで、背後から

「安養寺ってのは、どっちだ?」

と声を掛けられた。

「ん?」

印内も俺も振り返った。ら、見知らぬ男子生徒が立っていた。豊浦部長ほどではないものの、わりとごつめ。凄まれたら、ちょっと嫌なタイプ。校章から察するに3年生らしい。

彼は俺たちをかわるがわる指差して、

「どっちだって聞いてんだけど」

と言った。

「……コイツですけど?」

印内が俺を指して言うと、初対面の彼は

「ちょっと来てくれ。いいから、すぐ終わるから」

と俺の腕を引っ張った。

「はい?!」

ずるずると引き摺られて、俺は食堂の出口へと連行される。助けを求めて印内を見たものの、奴は額に汗をかきながらチャンポンを啜り、ポケットからスマホを取り出していた。親友とか抜かしといてそれかよ、クソッタレ。

再び身体が自由になったのは、食堂を出てすぐのところに設置された自販機の影まで来た辺りでのこと。自販機の側面に身体を押さえつけられて、壁ドンかよとびっくりした。これから俺はいったい何をされるのかと不安に思った瞬間、

「羽衣の連絡先、分かるか?」

と耳元で囁かれた。

「は、はい?!」

思わぬ展開に俺が狼狽えたのは、言うまでもないだろう。

「何でもいい、SNSでも電話番号でも、最悪メアドでも住所でも」

鬼気迫る表情で言われても、どうしようもない。さほどコミュ力のない俺だ、そもそも、羽衣さんの連絡先など知らない。豊浦部長の連絡先なら、入部の際に交換したから知っている。が、女性陣は誰も知らない。ない袖は振りようがない。

「いや、知りません……。お役に立てず、すみません」

正直に伝えると、彼は目を釣り上げて激昂した。

「は?!」

「そんなら聞いてこいよ。何のためにお前、雑用なんかやってんだよ。ハーレム気取りかよ、ホストにでもなるつもりかよ」

「そんなつもりは……」

さすがにムッとくる言い方。言い返してやろうと思ったら

「麺、伸びるよ?」

と、これまた見たことのない女子生徒が話し掛けてきた。

「……え?」

またしても3年生らしい。背が高く、やけに肩幅がある。短い髪も相まって、パンツルックの後ろ姿なら男にも見えそうだ。よく見れば、どこかで会ったことがある気もしてきた。が、気がするだけで誰だか分からない。

「安養寺くん、麺、伸びるよ? 戻ったら?」

「あ、は、はい……」

なぜ俺の名前を知っているのかと言いたくなったが、それを言い出すと8割方の親和第一生に聞いて回らなければならないようにも思われた。俺が大人しく従うように返事をすると、彼女は頷いて男子生徒のほうに向き直った。ずんと腕を組み、彼を睨み付ける。

「アンタもさ。受験に響くよ?」

「……うるせぇよ」

捨て台詞のように言ってから、男の先輩は中庭のほうへと去って行った。よかった。自然と、深い安堵の一息が出た。

「あの……」

ありがとうございましたと言うべきなのか、まずは誰なのかと聞くべきなのか。どっちが先か悩んでいると、へらついた顔の印内がやってきた。

「大丈夫かー?」

「お前……」

真っ先に売り飛ばしといて、何が大丈夫かだよ、この野郎。文句の一つでも言ってやらないと気が済まない。俺がふざけるなよ、の『ふ』を発するよりも、印内が

「ありがとな、ねーちゃん」

と言うほうが早かった。

「……ねーちゃん……?」

「そう。うちの姉貴」

「……へ?」

「変なのに絡まれたから、助けてもらおうと思って呼んだんだよ。ねーちゃんさ、中学の頃から空手で国内負けナシなんだよ。今、4連覇中?」

「まぁね」

「すご……」

茫然とする俺に向かって、印内のお姉さんはびしっとキレイなお辞儀を一つ。

「弟がお世話になっています」

恭しいまでに丁寧なご挨拶をいただいてしまった。

「いや、あの、こちらこそ」

「すごいっしょ。まさに文武両道! って感じだろ? うちの姉貴」

「あ、あぁ……」

なぜ、弟が得意顔をするのか。解せない。

そうか、それでスマホを見ていたのか。何も知らず、怒鳴ろうとして悪かったなと納得している間に、

「面倒なことに巻き込まれたら、遠慮なくコイツか私に言ってくれていいからね、安養寺くん」

と軽やかなピースサインをいただいてしまった。へらりと相貌を崩した顔は、眼鏡こそないものの、隣に並んだ友人とよく似ていた。その和やかさに、お礼を言うタイミングを逸してしまった。

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