幸せ

 曇り一つない快晴、温かくなってきた春の陽気、そして、辺り一面を覆う桜。

 今日は二人、大きな公園でお花見をすることにした。レジャーシートを引き、行きがけに買ったオレンジジュースを紙コップについでいく。

 

「じゃあ、乾杯」

「かんぱ~い」


 二人で桜を見ながら、これまでやこれからの話をする。受験頑張ったね、とか大学の準備の進捗とか、高校時代の思い出の話、そして、これから始まる大学生活への期待と不安とかの話を聞く。


「親しかった友人は皆別の大学なんだ。新しい大学で孤立しないかちょっと不安だなぁ……」

「大丈夫。和花菜ならまたきっとすぐ友達ができるよ」

「ホントにできるかなぁ」

「……あとは、私より和花菜を幸せにできる人が見つかるといいんだけどねぇ」


 小声でそう言うと、和花菜はムッとした顔になったが、人目のある場所なので何も返さなかった。


「……そんなことより、二人で作ったお弁当食べようよ」

「わかった。箱取り出すね」


 二人でお弁当を食べた後は、桜を眺めながら公園を二人で散歩をした。

 夕食にちょっとお高めのレストランに行く。和花菜は「奢らせて!」とか「せめて割り勘で!」と言っていたが、流石にこの歳の親子でそれは違和感しかないので丁重にお断りした。

 料理を食べながら、和花菜が一言呟いた。


「……私は、今、とても幸せだよ」

「え?」

「大学に合格して、久しぶりに母さんとお出かけできたから。変わってしまう関係もいくつかあるけど、今はそんな事関係ないくらい幸せだよ」

「……それなら、良かったわ」

「それで、母さんは……」


 和花菜は続けて何か言おうとしたが、「やっぱりいいや」と言うのをやめて、目の前の料理を食べ始めた。


「料理も美味しいし、とにかく今は幸せ!」


 合格発表以来に見た気がする和花菜の満面の笑みは、とても眩しくて、少しドキッとした。




「ただいま~」


 帰宅した私達。玄関の戸を閉めると、和花菜が「いつもの、お願い」と言ってきたのでハグをした。そこそこ経った後、和花菜から離れようとしたが、「もう少しだけ、お願い」と言われたのでもう少しだけ抱きしめてあげた。


「……ありがとう。これで疑似恋愛は終わりだけど、これからは親子として普通に接してくれたら嬉しいな。……本当に今までありがとう。そして今まで沢山迷惑かけてごめんね。


 疑似恋愛をして一年ちょっと、色々な事があったなぁ。なんて色々な思い出を振り返る。


「え、母さん、なんで泣いてるの?」


 え?

 あ、本当だ。私、涙流してる。


「あはは、本当に、なんで泣いてるんだろ。疑似恋愛なんて、一時の気の迷いなのに。今思えば、あの時あんな事言ったのは、私が大切な娘を亡くした恋人に重ねてた最低な大人だったからなんだろうなぁ。そんな私なんかより、和花菜を幸せにできる人は沢山いるだろうに」

「母さんは、『親子だから』以外に、私に幸せになってほしい理由がある気がする。それってもしかして」

「……私の分まで、幸せになって欲しいのよ、和花菜には」


 我慢できなくなって、涙が溢れて止まらない。ホント、いい歳して何やってるんだろう、私。

 和花菜がハンカチを渡してくれたので、それで涙を拭きながら、これ以上出さないように必死に堪える。


「母さんはさ、私と過ごしてて、幸せじゃなかったの?」


 その言葉を聞いて、私は大切な事に気付かされた。


「そんな事ない……和花菜と過ごすのは、とっても幸せだった。それなのに、あんな馬鹿な事言って……」

「ホント馬鹿だよ母さんは!」

「……!!」

「なんで『また幸せになろう』って思えなかったの?というか、なんで幸せにした人がいるのに気付けなかったの!? 本当……馬鹿」

「……私なんかが、幸せになってもいいのかな」

「……昔、寧音母さんは、私のお父さんを亡くして絶望してた、伶菜母さんを救ってあげたでしょ? だから今度は、寧音母さんが救われる番なんじゃないかな。また幸せになっても、いいんじゃないかな。寧音母さんが、私を『和花菜』としてどんな形であれ愛してくれるなら、私はそれに全力で応えるよ」


 ……そっか、私、また、幸せになっていいんだ……


♢♢♢


 私、二木和花菜は二人の母親に育てられた。と言われても過言ではないだろう。

 二人のうちの一人は、病気で亡くなってしまった。

 そして紆余曲折あった後、数年前もう一人の母と恋人になった。

 ……成人した後にはやることもやっちゃってて、天国の実母はどう思ってるか不安ではあるが、似たような立場である以上、許してくれると願いたい。

 あれから私も良い会社に就職して、在宅勤務で家計を支えられるようになった。母さんもまだバリバリ働いていて昇進もしているし、本当に凄いなぁと思う。


 伶菜母さんからの指輪を通してある伶菜母さんからもらったネックレスを首に、私からの指輪を左手の薬指につけた愛しい恋人を今日も玄関までお見送りする。


「それじゃあいってきます、和花菜」

「いってらっしゃい」


 そのあと軽くキスを交わし、今日も幸せな一日が始まっていく。


(了)

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忘れ形見との疑似恋愛 氷河 雪 @berry007

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