第2話
当時のリオちゃんのアイコンは、使い捨てカメラで目線を隠した自撮り画像だった。それ自体がエモーショナルなアイテムとして流行っていることを、僕は彼女から知ったのだ。
『ヒロミくんはインスタとかやってる?笑』
『最近始めようかなーって思ってた!』
慌ててInstagramのアカウントを作りながら、僕は返信する。SNSは一応Twitterをやっているが、あれはインターネットに染まったペルソナだ。晒したら、まず間違いなく引かれる。
『僕がインスタ始めたらリオちゃんのアカウント教えて!』
『いいよー! むしろこっちからフォローするわ笑』
教えられたIDから彼女のアカウントを覗いてみれば、そこにあったのは彼女のイメージそのままの日常だった。部屋に置かれたぬいぐるみの写真や友達と撮ったプリクラ、推しである男性アイドルのライブに行った様子……。充実した日々を切り取って並べたアルバムに、僕は思わず息を吐く。
関連ユーザーから大学の同期や知り合いを見つけ、タイムラインに並べていく。誰もがキラキラした日常を送っているように見えた。ここは、きっとそういう場所なのだ。それなら、その場に恥じないような立ち振る舞いをしよう。
僕はスタバの新作フラペチーノの写真を撮り、オシャレなフィルターとハッシュタグを付けた。彼女からの♡が通知欄に届くまで、そう時間は掛からなかった。
* * *
『秋学期は何の授業とる? 僕はこれとこれ!笑』
『一緒〜! その時はまたよろしく〜笑』
送り合った時間割のスクショを見比べ、僕は小さくガッツポーズをする。同じクラスの授業が週に何日かあり、その時ならゆっくり話すこともできる。文字のやりとりだけではなく、彼女の目を見て話すことができる!
大学生の夏休みは長く、短い。秋の足音はすぐに外の空気を変え、再びのキャンパスライフが始まった。
広いキャンパスでも、僕に会うたびに彼女は手を振りながら駆け寄る。ふわふわとした声色で呼び止められるたびに、僕の心臓は数センチ跳ねた。
そんな日々の中、ふと疑問に思ったことがあった。
『コンバースのハイカット、好きなの?』
投稿する写真の中でも欠かさず履いているスニーカーが妙に頭に残り、僕はそんなメッセージを送った。僕自身もスニーカーが好きだったのが上手い言い訳になり、彼女は僕をコンバースのスニーカーが好きな人だと認識したようだ。
『これインソールで厚底なんだよ笑 ちょっとでも身長とか高く見せたくて!』
思わず突っ伏した。本来なら僕と会う時の視線が数センチ低いかもしれない可能性に思いを馳せ、僕は溢れそうになる感情を噛み締める。
小柄な女子が背伸びをする時の仕草が好きだった。初恋の相手が小柄だったこともあり、その仕草の魅力は脳裏に染み付いている。気付かない間に、僕はそれを享受していたのだ。
今思えば、背伸びしていたのは彼女だけではなかったのかもしれない。
次の日。いつものように教室で休み時間を無為に過ごす僕に駆け寄る彼女は、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「おはよ、ヒロミくん!」
「あっ、おはよ〜。どうしたん……?」
彼女はスニーカーの爪先で床をコツコツと叩くと、小さく背伸びをして、笑う。
「履いてきたよ、今日も」
周りのクラスメイトが聞いても意味のわからないやりとりだろう。今この場でこの会話の意味がわかるのは、きっと二人だけだ。まるで秘密を共有しているような感覚に、僕の心臓は跳ねた。
「……めっちゃ良い。似合ってるよ」
「ふふっ、ありがと」
無数に浮かぶ言葉からなんとか形になるものを吟味し、口から出たのは当たり障りのない表現だった。笑顔で自分の席に帰っていく彼女を眺めながら、僕はなるべくクールであろうと努める。
あの時もっと言葉を尽くしていれば、今の後悔は少しでも減ったのだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます