2000年支部設立記念無料サービス

「あなた、これ見て!」


「どうしたんだ?チラシなんか見て」


「『人生観察員サービス』ですって。電話してみる?」


「聞いたことないな。というか、そんな妙なサービスを好き好んで申し込む人がいるのか?」


「でも……この写真……」


「どうかしたか?」


「なんというか違和感が……?」


「うーん。君はよく勘が働くし……気になるなら連絡してみればいいよ」


「いいの?」


「うん。考えあってのことだろう?」


「考えというほどのものじゃないけれど。ただ……あの子に素敵な人生を歩ませてあげたい。最期まで幸せを感じてほしいだけ」


そう話す夫婦のそばにはまだ生まれて間もないくらいの赤ん坊がふにゃふにゃと笑っていた。




そうして電話した結果、まだ新人だった竹原が派遣された。

一通り内容を説明したあと、奥さんから質問された。


「この会社……ただの会社ではないでしょう?なんというか……別世界のような」


「……!……いえ、我々は間違いなくこの地球で経営しているれっきとした会社です」


その言い回しに何を読み取ったのか、奥さんは納得したように笑う。

また、それを見て取った竹原もただものではないと感じたのか口を開く。


「実は現在新しい支部が設立された記念にサービスを提供させていただいております。本来特殊な条件を満たさないといけないのですが……どうやら奥様は何か知っておられるご様子……ご案内させていただきます」


「特別な条件?君は何か知っているのか?」


「さあね。でもラッキーじゃない?説明してくださる?」

そういって奥さんは少女のような顔で笑った。


「はい、ご利用者様である航様だけでなく、奥様方と御社とのご縁までを記録に収めるサービスです。航様がいつか……最期を迎えられたとき、何か届けられるものがあるはずです」


「今から我々の記録をとる、ということですか?」


「いいえ、ご心配ありません。プライバシーは保護しつつ、過去の大切な一場面を記録するだけです。これ以上は企業秘密になってしまいますが」


わけがわからない様子の旦那さんとは裏腹に奥さんは一言、


「お願いします」

といった。




玄関まで見送った旦那さんはその担当者の背に声をかける。


「あの……よろしくお願いします」


「今日は混乱されたことも多かったと思います。大変失礼しました」


「いえ……妻のあの反応はどういう意味でしょうか?」


「おそらく……奥様は我々のような人間にあったことがあるのかもしれません。そうして我々にご理解を示してくださった……。曖昧な表現ですみません」


「はあ……」


「奥様は時間の価値を深く理解しておられるのです。お子さんの人生を責任をもって幸せにし……そうして最期に『人生』の答えを見つけてほしい……というのは私の勝手な想像にすぎませんがね」

そういって竹原は笑った。


「……そういう方に利用していただけるのは大変嬉しいことです。お子さんの人生が実り豊かなものとなりますよう」

最期にそう付け加え、竹原は帰っていった。






「これも、捨てなければいけませんね……」

映像とまったく見た目が変わっていないその人物は「~2000年支部設立記念特典~」という文字が浮き出ているチップのようなものを専用ゴミ箱に捨てて去っていった。


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人生観察員 藤間伊織 @idks

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