第3話 ⑶


 高校卒業と同時にわたしが家を出た時、伯母は目を吊り上げて「そんな遠くに行くの?わたしを一人にする気?裏切者!」ってなじったわ。わけがわからないわよね」


「じゃあ僕に都合したお金は……」


「伯母さんはね、自分に何かあった時のために、財産をわたしに譲るって遺言を残してたの。でもわざと事故を起こしたわけじゃない。期待はしてたかもしれないけど。伯母さん、いつも言ってたのよ。「死ぬときは即死がいい、即死以外のみじめな死はいや」って」


「遺産ってわけか。可哀想な伯母さんの代わりにできなかった恋をしてあげようと……」


「そうじゃないのよ。わたしね、SNSでやり取りしながら、本当に相手が伯母だったらどうなるかなって想像してたの。嘘がばれて呼びだされ、覚悟を決めた伯母に包丁を向けられてるあなたを想像すると、たまらなく興奮するの」


「君は異常だ」


「そう?目が吊り上がって一切、言い訳が耳に入らない女と、恐怖で失禁しながら必死で命乞いをしている男……何度も何度も想像して、この人たちは死ぬんだって思ってた」


 わたしは何かに取り憑かれたように喋る一方で、彼の目が次第にとろんとしつつあることを確認していた。そろそろ、ジュースに混ぜて飲ませた睡眠薬が効いてくるころだ。


「なぜだ……喋るのが億劫に……」


「あら、不思議でも何でもないわ。だって通常の三倍の睡眠薬を飲ませたんですもの」


 わたしはくすくすと笑った。本当に狼狽えた時の人間っておかしい。


 伯母はよく「私は幸せが似合わない女」って言ってたけど、わたしが家を出ると告げたら「幸せが似合わないなんて本気で言うわけないでしょ!」と真逆のことを言い始めた。


「伯母さんもあなたも、嘘ばかりついてるから幸せじゃないのよ」


 わたしは彼が眠ったことを確かめると身体を助手席に移し、代わりにハンドルを握った。


 真っ暗な展望台の駐車場にほかの車はなく、わたしはエンジンを止めて

運転席を降りた。わたしはあたりに人影がない事を確認すると、車の開口部を速乾性のパテで塞ぎ始めた。


 思えば子供の頃から、わたしは伯母や他の家族がいうことがまったく理解できなかった。


「即死したいとか、死にたくないとか、みんなどうして真逆のことばかり言うのかしら」


 見た目のいい男性に惹かれるのはわかる。でもいいなりになったりお金を出したりする心理はわからない。伯母になり切ってみればわかるかもしれないと思ったけれど、結局、謎が深まっただけ。


 ――やはりわたしには人間の気持ちがわからないのだ。


わたしはマフラーに詰め物をすると運転席に戻ってエンジンをかけ、再び車を降りた。


「あなたが死んでいく姿、覚えておくわね。きっと思いだすたびに興奮すると思うわ」


 わたしはサイドウィンドウ越しの彼にキスを送ると、車に背を向けて歩き始めた。


                〈了〉

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あがない 五速 梁 @run_doc

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