第2話 ⑵
「事実を知ってしまった以上、今夜から君も共犯だよ」
彼が笑いを含んだ声で言い、わたしたちの乗った車は展望台に続く九十九折りの道をゆっくりと上り始めた。週末ともなるとカップルで混雑する道だが、平日はいたって静かだ。
「ねえ、もしわたしがこの人に会って、あなたが詐欺師だってばらしたらどうする?」
「君はそんなことはしない。なんだかんだ言って結局は、詐欺師みたいな男が好きなんだろう?」
自信たっぷりに言い放つ彼を見て、わたしはげんなりした。図星だったからだ。たしかに嘘をつくことに躊躇するような男だったら、わたしの視界にすら入らなかったろう。
「それに彼女だって、いきなり現れた女に愛する人を貶められたら、目が覚めるどころか逆に一層僕の言葉を信じるはずだよ」
そろそろいい頃合いだ、とわたしはおもった。
「とにかく三百万さえいただいたら、彼女とはお別れさ。どう都合するかは僕の知ったことじゃない」
「そうね。……でもたぶん、うまく行かないと思うわ」
「なんだって?……うまくいかないって、どういうことだ?」
「高幡祥子は払わないってこと。……ううん、払えないが正解かな」
「彼女に何かしたのか?」
「なにも。……だって彼女は半年前に死んでるもの」
「死んでる?」
彼の困惑顔を見て、わたしは愉快になった。どうして人というのはこう、不思議な表情をするのだろう。
「ええ、そうよ。高幡祥子は半年前、飲酒して高速道路を走行中、壁に激突して死んでるわ。一種の自損事故だけど、まあ自殺みたいな物ね」
「自殺……」
彼は路肩に車を停めると、明らかに狼狽した顔でわたしを見た。
「なぜそんなことを君が知ってるんだ」
「あなたとSNSでやり取りしていた『高幡祥子』はわたしだからよ」
「君が……?いったい、なんのために?」
「さあ。彼女にロマンスのチャンスがあったらどうしてたかなって、純粋に興味があったからかな。彼女はね、わたしの伯母なの」
「伯母さん……?」
「ええ。子供も夫もいない彼女は、わたしが小さい頃からお母さん――妹の家に入り浸っていた。伯母はわたしによくこう言ってたわ「あなたは私の子供も同然なの」って」
「伯母さんになりきってSNSをしながら、僕ともつき合ってたのか」
次にどんな告白が飛びだすか測りかね、怯えている彼を見てわたしは少なからず興奮を覚えた。そう、わたしは得意げにシャンパンを抜いている彼より、ホテル代も払えず泣きついてくる姿やこうして怯えている姿の方がよほど好きなのだ。
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