あがない
五速 梁
第1話 ⑴
「ひどい……よくこんなことができるわね」
助手席で彼の携帯をあらためていたわたしは、思わず声を上げた。
「ひどいとは心外だな。これほどピュアなロマンスはないと思ってるんだが」
わたしはハンドルを握る彼の横顔を盗み見た。いつも通り本心を全く覗かせない端正なラインはある種、わたしの好物でもある。
わたしと彼とは付き合って二年になる。彼はわたしがアルバイトとして働いていた店の常連客だった。歯の浮くような口説き文句を並べられ、面倒くさくなったわたしはつい連絡先を教えてしまったのだ。
「……それで、この女性のことはこれからどうするつもり?」
「あと三百万ほど引き出したら、綺麗にお別れしてあげようと思ってる」
「散々、金づるにしておいてまだ三百万も引きだそうって言うの?悪魔だわ」
わたしは開いた口が塞がらなかった。彼がSNS上で「彼女」として接しているのは五十前後の独身女性だった。このやり取りの履歴を見る限り、甘い言葉を信じたこの女性がほとんど破産寸前にあることは疑いがなかった。
「それもこれも、君との将来のためさ。彼女だっていい夢を見られたんだからサービスの対価を払うのは当然だろう」
わたしは思わず吐き気を覚えた。こいつは本物のクズだ。だが、彼がもし女を騙すことに罪悪感を覚えるような中途半端なクズだったらそもそも、惹かれてはいないだろう。
「
「誰が詐欺師だって?……いいかい、彼女の人生にはこれまでロマンスと呼べるものがなかったんだ。僕はそんな彼女にSNS上とはいえ、夢を見せてあげている。人聞きの悪いことは言わないでくれ」
「難病だの親の事業が失敗しただの、散々嘘をついて何百万もむしっておいて?それで彼女は幸せなのかしら。……仮に彼女があなたの本性を知ったとして、それでも感謝してくれると思う?」
「世の中には知らない方が幸せなことだってある。だから最後のサービスとして、綺麗にお別れしてあげようっていうんじゃないか。これは愛情だよ」
「だったら今すぐ連絡を絶ったらいいじゃない。何に使うの?三百万」
「君との結婚費用だよ。何度も言ってるじゃないか」
わたしは空々しいでまかせを半笑いで聞き流した。では今までにむしりとった一千万近い金は何に使ったのだ。今の言葉が本当なら結婚費用などとっくに溜まっているはずだ。
「彼女、破産するわよ。……いえ、もうとっくにしていてあなたのために血眼になって金策するかもしれないわ」
「それもまた、恋するものの喜びだと僕は思うな。夢を見ている時間は少しでも長い方がいいじゃないか」
「本当に気の毒ね……結婚もせず、ひたすら真面目に生きてきた結果がこれだなんて」
わたしは鼻歌を歌いながら夜景スポットを目指す彼に、放り投げるように携帯を返した。
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