第6話

 良き日を占い、院の御所に入内した。院の意向であまり大げさにせず、密やかに行われる。他の貴族たちにうちの娘もと言われても困るからだ。

 義母の左大臣の北の方が付き添ってくれてお世話をしてくれる。それでもずっと付き添うわけにいかないので、数日したら、義母の乳兄弟の娘の小宰相の君が側にいてくれることになった。


「綾姫、院によくお仕えするのですよ。」

「はい。たくさんのお心配りありがとうございました。」

「お気になさらないで。あなたは私の娘ですもの。」

「ありがとうございます。」

「困ったことがあったら小宰相の君に聞きなさい。」

「はい。」


 そう言い残して、北の方は退出していった。




 数日後

「院のお渡りです。」


 先ぶれがあった。昨日からたくさんの準備をしているし、小宰相の君が確認してくれているので何も不備はないはずだ。しかし綾は不安でいっぱいだった。

 院が部屋に入ってくるのを頭を下げて待つ。衣擦れの音がして、目の前に誰かが座ったのが分かった。


「顔を見せておくれ。」


 綾はおそるおそる顔を上げる。緊張のあまり顔色は悪く、唇は震えている。


「綾姫、美しくなったね。」


 どういうことだろうか。綾の頭に疑問符が浮かぶ。こんな雲の上の方と接することなどなかったはずである。


「人払いを」

 院が合図をし、女房たちがさらさらと衣擦れの音を残して去っていく。


「睡蓮を覚えているかい?」

「え・・・」

「忘れてしまったかな。桜の季節に迎えに行くと言ったんだけど。」

「そんな、まさか。」

 綾は両手で口をおおった。


「遅くなってごめんね。本当は自分で迎えに行きたかったんだけど、簡単には出られなくてね。」

「睡蓮の君・・・」

「思い出してくれた?」

「忘れたことなどございません。ずっとお待ちしておりました。」

「よかった。」

「でも、どうやって私だとおわかりに?」

「あの屋敷に使いをだして、下働きの者に誰がお通いかときいたんだ。すると左大臣家の右大将だと言うから、右大将にお話ししようと思っていたんだ。もし、万が一、左大臣家に引き取られそうなら、君をさらってしまおうかとも考えた。」

「来てくだされればよかったのに。」

「でも、そうすると君を正式な妻とすることができないから最後の手段だと思っていたんだ。でも、気付いたら帝になっていてね。君を入内させたら、他の女御に何を言われるかわからない。私は中継ぎだからと言い張ってすべての入内を退けたよ。」

「帝に・・・」

「ああ、私はそのうち臣籍降下する予定だったから、びっくりしたよ。」

「その間に、左大臣を呼び寄せて、その時は中納言になっていたから、中納言の姫でとても美しい人がいるはずなんだけど。と言ってみたんだ。」

「美しいだなんて・・・」

「君は美しいよ。なぜ知ってるのかと言われたので、以前に偶然会う機会があって守刀を渡してある。と言ったら、それらしい娘がいたら探してさしあげます。と言われたんだ。」

「おじいさまに守刀をお見せしたことはないと思います。」

「北の方にはお見せしただろう?」

「はい。」

「左大臣は君を引き取ってみたものの確信が持てなくて、困っていたらしいんだが、北の方が刀を見て左大臣にほうこくしたそうだよ。」

「まあ。」

「よく、左大臣家に引き取られるように頑張ってくれた。間に合ってよかったよ。」


 院は綾を愛おしげに見つめる。手を綾のほほに伸ばし触れた。綾もその手を両手で包みほほを寄せる。綾の目は涙でうるんでいた。

 しばらく見つめ合ったあと、院は言った。


「では、私は一回退出するよ。また、あとでね。」

「はい。」


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平安初恋絵巻(仮) みお @m103o

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