第5話

 藤が盛りとなった。明日は綾の裳着の日だ。


「綾姫、そなたの院への入内が決まった。」

「院?」


 義父の娘が入内してない天皇や院、東宮がいたのだろうか?と綾は不思議におもった。


「ああ。先日退位した芙蓉院だ。」

「芙蓉院?」

「中継ぎの帝で2年程在位されていた。自分は中継ぎだからと、誰一人として入内を受け入れなかった。私もちょうどいい年ごろの娘がいなくて諦めていたところだ。だが、今上帝がとても慕っていてね。どうにかしてつながりを持ちたいと思っていたんだ。」

「わかりました。謹んでお受けいたします。」


 今上帝のことは、いろいろ聞いたが院の話を聞いたことはない。そもそも東宮でもなく政権からはなれたところにいた宮であったが、先帝の急死により中継ぎとして皇統を今上帝につなぐため誰ともしがらみのなさが逆に支持されたのである。

 ちなみに今上帝の女御には、東宮時代から左大臣の嫡男の内大臣の姫がなっている。

 もう、いい加減睡蓮の君のことはあきらめなくてはならないのだなと綾は思った。




 次の日、綾の裳着は盛大に行われた。院の女御になるのだから当然だ。腰結は義父の左大臣が自ら務めた。夜には藤の宴が行われる。東の対で行われる宴の喧騒を聞きながら、義母と里帰りした義姉たちと寝殿にいる綾は上の空だった。


「まあ。美しい姫ですこと。きっと院もお喜びになりますわ。」

「ご寵愛になられることが予想されますわね。」


 口々に発せられる誉め言葉を笑顔で受け流す。落ちぶれていた身にとっては名誉なことなのだろう。それでも綾は浮かない気持ちだった。


 実父の中納言が御簾の前まで来た。

「綾姫、院とのご婚約おめでとう。」

「ありがとうございます。」

「私は何もしてあげられなかったね。」

「いえ、そんな。」


 確かに継母にいじめられていはいたが、金銭面での苦労はさせられていない。紀伊守と結婚させられそうになっていたことも気づいていなかったのだろう。権力の似合わない父だ。


「そなたの後見としては、私は頼りなく、父上のほうが頼りになる。それでも何かあったら私を頼っておくれ。」

「はい。ありがとうございます。」


 正直、いまさらという気持ちはあるが、頼りない性格なだけで気持ちはあったのだな。と綾は思った。中納言は和歌を口ずさみながら去っていった。


 院の唯一の女御だ。後見は左大臣。きっと大事にしてもらえるだろう。


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