第4話

 左大臣邸に引っ越した。今日は左大臣の北の方とのご対面だ。父の中納言は妾腹のため、父の母ではない。


「お初にお目もじします。綾にございます。」

「あら、美しい姫ですこと。ふふふ。これからは私を母と思って生活しなさい。」

「ありがとうございます。嬉しゅうございます。」

「仲良くいたしましょうね。」

「はい。」




 それからの綾の生活は一変した。たくさんの女房たちに囲まれ、毎日賑やかに過ごすことになったのだ。

 毎日、箏や、和歌、貴族の令嬢としての教育に大忙しだ。



 ある日、綾は盛りを迎えた桜を見ていた。睡蓮の君とは縁遠くなってしまった。もう諦めなければいけないのかもしれない。

 睡蓮の君にもらった守刀の柄を撫でる。


「綾姫、裳着のお衣装を決めたいんだけど、よろしくて?」


 義母となった左大臣の北の方に声をかけられる。


「ええ。」

「あら、素敵な守刀ね。見せてくださる?」

「はい。」


 綾は北の方に、刀を渡した。


「あら、睡蓮の…ありがとう。大切なものなの?」


 丁寧な手つきで返される。


「ええ。とても。」


 綾は刀を抱きしめた。そんな綾を何かを考えるような顔で北の方は見ていた。


 左大臣の北の方はとても楽しそうに衣装を選んでいる。裳着のあとはきっと結婚だ。わざわざ引き取ったのだ。政略に使われることは明らかだ。睡蓮の君はとても身分が高そうだった。わたしの噂を聞きつけて、求婚てくれないだろうか。まだほんの少しの期待を捨てられずにいた。


「あなたの裳着は藤の頃にするのよ。衣装を急いで作らせなくては。その頃には旦那様も決まりますからね。」

 綾は扇で顔を隠した。嫌だと思っている気持ちを悟られてはならない。



 そんな綾にはたくさんの恋文が届きはじめた。左大臣家に新しく現れた姫なのだ。しかも、北の方の養女と来れば後見はしっかりしている。


 趣向を凝らしたたくさんの文を綾は眺める。

 もしかして睡蓮の君の文があるかもしれない。

 全ての文を綾は読んでみた。睡蓮の君からの文だと確信できるようなものはなかった。


「これにはお返事するように。」


 左大臣の北の方はその中でも一番高級そうな文を指して言う。

 とても身分の高い人なのだろう。


「わかりました。」


 無難な返歌をし、義母に見せる。


「和歌も申し分ないわね。」

「おそれいります。」


 そういうと、女房に指示をする。

 不安そうな綾を見て左大臣の北の方は言った。


「大丈夫よ。悪いようにはしないわ。」

「はい。」


 きっとそうなのだろう。悪いようにはならない。睡蓮の君とは結ばれないだけだ。

 それまでにどうか迎えに来てください。と綾は強く願った。



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