第3話

「綾姫!紀伊守に返事をしていないと聞きました!どういうことですか?」


 北の方がまた先触れもなく綾の部屋に来て叫んだ。


「駆け引きですわ。すぐにお返事をしてしまってはつまらないではないですか。」

「まあ!生意気な!」

「お文を見ると普通の恋をのぞんでいるようでしたので…」


 北の方は扇を握りしめて赤くなっている。


「そ、それなら楓に代筆させるなりあるでしょうが!」

「わかりました。そうさせていただきます。」

「ふん!」


 怒り狂った北の方は部屋を出て行った。


「姫さま、うまいことされましたわね。」

「あれでいいの?代筆させてしまうことになってしまうけどよろしくね。」

「お任せください!いい感じに焦らしてやりますわ!」

「ふふふ。頼りにしてるわ。」

「そういえば、本日左大臣さまが来られるようです。」

「お祖父様ですか?」

「はい。姫さま、いい機会です。左大臣さまが来られた日に箏をお弾きください。」

「そうね…何もしないよりはいいわね。」


 祖父である左大臣存在をアピールしても睡蓮の君に会える保証はない。でもこのまま紀伊守と結婚させられるよりは可能性が上がるだろう。



 ♪〜

 夜になった。左大臣はまだ来ていない。綾はわざとらしく思われないように早めに弾き始める。幸いよく晴れた日で音もよく響く。

 寝殿に近い場所で、格子を上げ、箏を奏でる。

 何曲か爪弾いた後、牛車が入ってくる音がした。


 来た。


 綾は今までよりも、優雅に洗練されて聴こえるように箏を弾く。

 弾いては休み、また弾いて、しばらくすると中納言付きの女房の右近がきた。


「綾姫さま、左大臣さまがいらっしゃいます。ご用意くださいませ。」

「はい。」



 しばらくすると、中納言と共に左大臣が現れた。


「父上、こちら綾姫と申します。」

「宮の姫か?」

「はい。」


「綾姫、何か弾いておくれ。」

 左大臣が綾に言う。

「かしこまりました。」


 綾は箏を弾く。


「うむ。血筋も良く、髪の長さも申し分なく、顔も美しい。わたしと北の方との養女としよう。」

「父上!?」

「そなたの姫にしておくのは惜しい。」

「おこころのまに…」


 綾は頭を下げた。左大臣は満足そうに頷いている。そして、周りを見渡しながら言った。


「よき日を選んで、我が家に越しなさい。それまでわたしから女房を派遣する。よく学ぶように。」

「はい。」



 その日の夜、寝殿の方からは北の方の荒れ狂う声が聞こえた。次の日に紀伊守からは恨み言が書かれた文が届いた。また返事は書かなかった。


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