僕の見る世界
@ausedik
本編
もし僕を理解する者がいるとするならば、それはきっと同じ様な苦しい経験した人なのだと思う。
始まりは年始の正月が過ぎて間も無い、仕事が始まるか始まらないかの境目の中途半端な時期のことだ。
僕は当時、変化を求めていた。社会人になり、3年が経過したこともあったんだと思うが、良くも悪くも自分が社会に適応してきているのを感じていた。
辛いことがあったら、悲しみを感じて涙を流す。腹立たしいことがあれば、怒り叫ぶ。楽しいことがあれば、笑う。
昔でこそ当たり前であった感情も、時の流れとともに失われつつあることを実感していた。
嫌なことがあっても、深く考えずにサラリと受け流し、逆に嬉しいことがあったとしても、間に受けずに表層上でにこやかに笑う。
そんな器用なこともできる大人に僕はなってしまったのかも知れない。
何処までも心が満たされず、空っぽな感覚が常にある。そして徐々にその状況を受け入れようと思い始めている自分もいるようだ。
このままでは僕は、何者にもなれない。ただ働いて休んでまた働いてを繰り返し、上っ面や小手先だけで人生を歩んでいく未来しかないようにも思えてしまう。
そんな人生は嫌だ。僕は喜びを感じ、悲しみを嘆けるような人間として生きていきたい。
そう決意すると、僕はこの気持ちに熱が篭っているうちにパソコンを開き、友達募集サイトに一つの投稿を行った。
「友達募集。周りに信頼できる友達がいなかったり、自分を曝け出すことのできない、またはこの世界で生きづらいと感じる方は是非ライングループにご参加ください」
友達がいない人や生きながら自己開示が出来ない人たちを集めて、痛みを分かち合いたいと考え、僕は最初の一歩を踏み出した。
元々、僕は自分から積極的に行動するような人間では無い。友達募集なんて正直柄でもない。けれども僕は自ら動いた。何故ならば、自ら行動をしない人に誰も手を差し伸べることはないからだ。自分が救われたいならば、自ら動くしか無い。だからこそ動いたのだ。それにこうでもしなければ、僕はきっと社会に侵され、自分を理解する者と出会うこともなく、虚しい人生を歩んでいったことだろう。
一度投稿を行った程度では、僕に連絡をしてくる者は一人もいなかった。それもそうだ。友達募集と言っても、純粋に普段から遊べる友達を求めていたり、一緒にゲームをする仲間を募集することが大多数を占めている。そんな中では僕のような内容の募集というのは、あまりにも少数である。これでは自分の投稿もその他多数によって掻き消されるのは必然と言えるだろう。
だからこそ僕は、投稿をし続けた。他の投稿に埋もれないように多い時には一時間に一度くらいのペースで、それも何週間にも渡って行った。同じ内容を投稿してばかりではいけないと思い、試行錯誤も繰り返した。どのようにすれば、人が集まるのか、僕にライングループに参加してくれるようになるのかを必死で考え続けた、それもこの世界が生きづらいと感じるような人を募集するというコンセプトは曲げずにだ。
その成果もあり、人はそこそこ集まった。だが問題なのはそれからだった。一言で言うならば、僕には人をまとめる力も引っ張っていけるようなカリスマ性も持ち合わせてはいなかった。それもそうだ、そもそも今までの人生の中で自分を主体として活動した経験なんて殆どなく、誰かの後ろについていくような人間だったのだから。
折角人がグループに参加してくれても、その人たちを其処に留まらせる力は僕にはなく、人が入っては直ぐ抜け、入ってはまたすぐ抜ける。その繰り返しが続いた。
ちなみにこのグループは、実際に会って何かをしたりすることを目的としてくる集団ではなく、オンラインで原則として完結するサークル的な位置付けとして作っていた。それ故にチャットや音声会話だけでもコミュニケーションというもの自体が距離を縮めるには中々に難易度が高かったというのも離脱者が多い要因だったのかも知れない。
『今週の月9のドラマ見た〜?』
違う。
『そう言えば来週の15日にあのゲームの新作が出るらしいぞ』
そうじゃない。
『今日そういやスーパー銭湯にいってきたわ』
僕が求める世界は。
『あのYouTuberマジで面白いよなー』
「こんな世界じゃあない!!!」
僕は鏡の前でそう叫んでいた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!!」
声にならぬ声を上げながら、僕はひたすらに顔を洗い続けた。洗って洗って、洗い続ければまた僕も真っ白な新しい自分に変われるのかもしれないとそう思っていたから。きっと何もかもが上手くいかないのは、僕と言う人間に刻まれたパターンのようなものに起因している気がする。"こう言う時にはこうすべき"という無意識のルールのようなものが僕の中に定められていて、それが自分のやりたいことに対するストッパーとなっているように思える。それら全てを無にして、もう一度一から始められたら僕は自由に自分らしさを振る舞うことができたのかも知れない。と思った。
もちろん、顔をいくら洗っても、何も変わることはなく、鏡の前には痩せ細った青白い顔をした男の姿が映るだけだった。
ピロン
ジーパンのポケットに入っているスマートフォンに一件の通知が入った。
「あなたの作る世界を見せてください」
それは、グループに所属している女性からのメッセージだった。
「何を言っているんだ?」
僕は彼女のメッセージに対して、質問を投げかけた。
「あなたが作りたかったのは、このようなものではないでしょう?」
彼女は特別積極的に会話をする人ではなかった。グループ内のコメントによるやりとりもあっさりとしたもので、定期的に開催されるグループ通話でも目立ったことを話すような人でもなく、悪く言えばいてもいなくてもどちらでも問題がないような地味な女性だった。
"そんな彼女は誰よりも"
スマートフォンをタップして、文字を打っていく。返す言葉はもうすでに決まっている。
"僕の求めるものを理解していた"
「何故、君は僕の望むことが分かるんだい」
数日後に彼女と通話で話すことにした。理由は、彼女が僕のことをそれなりに分かっているような気がしたからだ。僕はこの女性と話すことによって、上手くいっていないこの現状を変えるような何かが手に入るかも知れないとそう思っていた。
いや少し訂正をしよう。建前を除いて本音のところを言えば、僕自身が何をどう考えているのかを彼女を介して知りたくなったからだ。僕が求めていることや掲げる理想は感覚的にいわば雰囲気のように持っているものであり、それが本心から僕が望んでいるものなのかの自信がなかった。
だからこそ自分の心を見定めたかったのだ。
通話を行う時間を迎えると、僕はまず一件のメッセージを入れることにした。
「今から通話しても大丈夫ですか」
すると直ぐに返事が返ってきた。
「構いません」
了解を得ると僕はラインの通話ボタンを押す。コール音が何度か繰り返され、その後に電話が繋がった。
「もしもし、千秋さんで大丈夫ですか」
僕の内心は穏やかではなかった。元々僕は人と通話するということが好きではない。だからこそ上手く話せるのかという不安と緊張を感じていた。それに嫌いな癖に自分から通話に誘っていることが余りにも滑稽で、まるで余裕のない思春期の男が身栄えなく女性にがっついているような構図に似ていると感じ、心の中で苦笑した。
「大丈夫ですよ」
「ん?何か声がおかしくないですか」
ヘッドセットから聞こえる彼女の声は、女性らしいものではなく、機械によって編集された合成音のように聞こえる。
「ああ、私の声ですか。これはボイスチェンジャーで声を変えているんですよ」
何故わざわざそんなことをしているのか、僕には理解ができない。
「何でそんなことを?」
「私もあなた同様に話すのがあまり得意ではないんです。特に自分の声を晒したくないと思ってしまうんですよね」
「グループ通話のときは、普通に話していたけれども、あれは平気だった?」
「グループ通話は、私が中心で話すわけではないので精神的負荷が少なくて済むのでまだ大丈夫なんです。一対一ですとどうしても双方ともに会話し続けないといけませんからね。あと単純に私が私自身の声があまり好きではないというのもあると思います」
「そういうことか。そんな中、通話したいなんていってごめん。でもこうやって時間を作って話してくれていることが嬉しいよ、ありがとう」
「大丈夫です」
少し話しただけで分かった。きっと彼女は僕と同じかもしくはそれ以上に自己肯定感が低い人物なのだということが。人と関わる際にも、きっと嫌われないように細心の注意を払いながら話したりをしているのかもしれない。そう意識するが故に、自分というものを出すことが出来ず、もやもやのような感情が心の奥底に沈澱し、膿のように傷となり広がり、自身を苦しめている。そして他人からは無色透明な存在として、記憶にさえ残らぬ者と捉えられているのではないか、と勝手ながらに推測した。
「ふっ」
「どうかされましたか?」
しまった、勝手な想像をして思わず笑ってしまったようだ。彼女が僕を変に思うのも無理はない。
「いや、何でもない。にしてもよく千秋さんは、今のグループが僕の望んだものじゃないということが分かったね」
「はい。それなりにあなたがサイトで投稿していた内容は見ていましたから、それに何を求めているのかについては少しは理解していたつもりなので。それに今のグループで話すあなたは何より楽しそうではなかった。だからきっと望んだものにはなっていないのだろうなと、思いました」
「なるほど。中々に難しいものだね、自分の望んだものを実現させるということも。上っ面で楽しそうなふりをしていたのも君には見透かされていたようだ。けど難しいんだよ、本当に。僕が理想の世界を作ろうとしても、僕の中の違う僕が、人から嫌われてはいけまいと身栄えなく他人に合わせて振る舞ってしまう。自分が理想の世界を作りたいという気持ちは紛れもない本心から出たものであったと思っている。けれどもこう易々と他人に合わせ、その場を凌いでしまっている自分がいる。だから僕自身も分からないんだよ、実現したいのかどうかさえも。君と通話したのは、自分がどう思っているのか、何をしたいのかが分からないからこそ、他人から見て僕はどう見えるのか、またどういうことを願っているように思うのかを知りたかったんだ。直感的に、君がその相手に最適だと僕は思った」
僕は、いっさい自分を取り繕わずに、100パーセントを吐き出した。普通の人間にこのような話をすれば、憚られるあるいは面倒くさい男の戯言だと思われただろうが、彼女にならそれを言っても話が通じるように僕は直感でそう捉えていた。
「もっと楽に生きてもいいんじゃないでしょうか」
楽に生きるか、もう何度考えただろうか。どれだけ考えても僕は結局変われないのだ。
「楽に生きる...か。それも僕は難しいと思ってしまう。楽に生きるということは言ってしまえば、他人を気にせずに自由奔放に生きるということだ。好き勝手やってしまうということは、無意識の間に人を傷つけることなんじゃないかと僕は思っている。世の中の大勢の人間のように、他人を傷付け、何とも感じないような者に僕はなりたくない」
「やさしいですね。でもそれは自分に対してのやさしさでもあるように思います。人から嫌われたくないからそう言っているように私に聞こえます。本当にあなたがしたいことは他人を傷付けないように日々を生きることではないでしょう。あなたが本当にしたいことは」
「僕のような弱い人間たちが生きやすい世界を作ることだ」
一人でどれだけ考えても、自分がどうしたいかとか心から望んでいることは何なのか、ずっと分からないままだった。けれども彼女とこう話していると、どこか自分の考えが整理されていくような気がした。まだ僅かしか話を交わしていないが、まるで背中を押してくれるような温かさを感じるはずのない彼女の偽りの声から僕は感じた。
「次郎くん、今少し時間はいいかな?」
「リーダーから通話なんて、珍しいっすね!どうしました??もしかして俺が前におすすめしたアニメの感想でも言いたくなったとかっすか??」
「さようなら」
「ちょっ、何言ってんすか。意味わかんないっすよー」
「君は、グループの秩序を乱す悪だ」
そう言って、僕は彼との通話を切った。そしてすぐに次郎をグループから退会させ、二度とやり取りが行えないように着信拒否を行った。
彼はずっと自分の身の上話ばかりを繰り返し、周りに少しも気を使うそぶりをしなかった。気弱な人々が勇気を振り絞り話そうとしたときも彼は話を遮り、くだらぬことばかりをしていた。彼は僕の理想とする世界には不要な人間だ。
「三郎さん、今少しいいですか」
「リーダーですか。あなたから連絡とは珍しいこともあるモノですね。私に何か御用ですか」
「ゴメンね」
三郎も退会させた。彼は僕が理想の世界について話しても、正論を突きつけ、考えを悔い改めるように何度も言ってきた。正論だけでは世界は成立しない。彼がどれだけ真っ当な人間だとしても、ここに彼は必要ない。むしろ僕にとっての障害だ。
それからも僕は、自らが集めたメンバーを選別し、邪魔な人間を消し続けた。
初めからこうしていれば良かった。自分とは噛み合わない人たちの顔色を伺って合わせることなんてせず、僕が僕らしく振る舞えない要因となり得る者たちは早々に消しておけばよかった。
僕のような弱い人間は少しでも強い人間が現れると一気に自分の言いたいことが言えなくなってしまう。本当に生きづらさを感じている人間というのはいつだって自分を曝け出せず、本心を内に隠しながら過ごしている。吐き出したいけど吐け出せない、自己開示したとて誰も理解してくれないのではないか、また気持ち悪がられたりはしまいだろうかとそんなことに日々悩み続けている。僕はそういう人たちを大切にしていきたい。本当の意味で生きづらい人たちを。他者を顧みず、俺が俺がと話すようなやつも、正論ばかりを口にして全てを一蹴しようとするようなやつも、僕に言わせてみれば本物の弱者じゃない。彼らがどんなに友達がいない、自分を曝け出せないと言おうがしったこったゃない。僕からすれば、十分に彼らは強者なのだから。
「みんな、いなくなってしまいましたね」
千秋は既にボイスチェンジャーを使うことを辞めていた。グループ通話では、相槌程度しかしない彼女の声をきちんと聞くのは初めてかもしれない。何故このタイミングで声を変えるのを辞めたのか。僕との会話に慣れてきたからなのだろうか、いやきっとそうじゃあない。
「中々上手くはいかないね。理想の世界を作るために、人を辞めさせることに躊躇いは無くなったけれども、自分に賛同してくれる人を集めるというのは中々に難しいよ」
「確かに難しいのかもしれませんね。けれども少なくとも以前よりかは良い方向に向いているはずです」
「そうなのかな」
「そうですよ。あなたは今まで自分のことをグループ内で話そうとしたりしなかった、けれども今は自分から人と接しようとしている。これはあなたにとって良いことなのでは?」
「それは千秋さんとその他少数しかいないから話しやすいだけであって、グループとして良い方向に向いているというわけでは無いんじゃないか」
「あなたがあなたらしく振る舞うことができている。あなたの話す言葉から考え方や主義主張が周囲に伝わる。今までは表に出てこなかった道のようなものが着実に出来ていると思います。少なくとも以前は何色でも無かったグループにあなたと言う名の色が生まれた気がします」
僕はそれからもグループの宣伝を続けた、生きづらさを抱える者たちと痛みを分かち合うために。其れなりにサイトを介してグループを参加してくれる人もいたが、話していく中でズレのようなものが生じることが大半でその都度、削除を繰り返した。
僕が可笑しいのだろうか。妥協ラインを決めて、其れなりを受け入れていれば良かったのだろうか。けれどもそれでは辿り着けないんだ、僕が目指す理想の世界には。真っ白で清廉な美しい世界を作りたい。そこに一滴の雫が溢れ、百パーセントの純白で無くなることを僕は許すことができない。その雫によって生じた滲みが広がり、いつか白の全てを覆い尽くす黒となることだけは防がなくてはならない。だから僕は拘り続ける。
僕と彼女とその他少数で形成された世界から、その他さえも失われ、僕と彼女だけが残された。
「これが終点か」
「気づいていたんじゃないですか」
何をとは言わない。僕も既に気づいていたから。
「そうだね。僕が作ろうとしていたのは、弱い人たちが生きやすい世界なんかじゃあなかった。僕が求めていたのは、僕を理解し愛してくれる存在だった」
あまりにも一般的で陳腐だ。回りくどいことをしてでも僕が得たかったのは、純粋な愛だった。
「愛されたかったんですね」
彼女は静かに呟いた。ヘッドフォン越しに聞こえる声は普段よりも優しいもののように感じた。
「あぁ、愛されたかった。今まで僕は生きてきて愛を感じたことが無かった。あなたのことが好きだよ。とその一言が僕には必要だったんだと思う。けれども誰もその言葉を与えてくれる者はいなかった。その代わりに与えられたものは純粋な痛みだった。両親からはよく殴られたし、学校ではいじめを受けた。どうして肉親に僕が殴られたのか、何故僕はいじめを受けなきゃいけなかったのか、あの頃は分からなかった。けれども今なら分かる、僕は世界に嫌われていたんだ。だから世界に嫌われている僕を肯定してくれるような人が一人でもいれば、また違う未来もあったのかもしれない。始まりはインターネットの友達募集サイトだったけれども、僕は君と出会えて良かった」
「それは良かったです。ただ残念でもありますが」
「残念?それはいったいどういうことだろうか」
「あなたの求めるものが愛だということは薄々気付いていました。それでも私は、あなたには理想の世界を作って欲しかった、弱い者が幸せでいられるような場所を。だから私はあなたを励ました、他の人が持ち得ないあなたの抱える負のエネルギーが大きな爆発を起こし、世界を作る可能性を秘めていると信じていたから。けれどもそれはうまくはいかなかった。何故ならあなたは私が思っているよりも歪んだ人間だったから。嗚呼、あなたは世間の人々にとってはあまりにも難しかったのかも知れない」
彼女が何を言っているのか分からない。
「僕が歪んだ人間?」
「ええ。今だってあなたは私に対して距離感を見誤り、私に愛を求めようとしている。きっとあなたは、話している中で、君こそが僕の求める理想の女性だというような幻想を抱いてしまったんでしょうね」
「幻想なんかじゃあない。本当に僕にとって君は理想の女性だ。だって僕たちは分かり合えていたじゃないか、理想の世界を目指す中で僕たちはお互いの抱える苦しみを分かち合いながら、時に笑い、時に悲しみ、過ごしてきたはずだ。僕たちは相互理解出来ていた、そうじゃないと可笑しい。あの穏やかな日々は幻想だったのか・・・」
「あなたはそう思っていたのかもしれませんが、私はそう思っていません。分かり合えていた?本当にそうでしょうか。お互いの苦しみを分かち合う?果たしてそんなことはできていたのでしょうか。相互理解?そんな筈はありませんよ。だっていつだってあなたは」
辞めてくれ、これ以上言わないでくれ。僕の中の君を上書きしないでくれ。
「自分のことしか考えていなかったじゃありませんか」
どうしてこのようなことになってしまったのか。全てがおかしい。彼女は僕を肯定してくれていたじゃないか。それにお互いの会話の中で生じる雰囲気は、暖かく心地よいものであったはずだ。君は理想の世界を目指す僕を支えてくれていた。君は僕の過去も今も受け止めてくれた。君は僕を見ていてくれたんじゃあないのか。
僕が...
僕は...
僕を...
ああ、そうか。僕は何一つ周りを見れちゃあいなかった。ずっと自分のことで頭がいっぱいで勝手に理想を肥大化させていた。
僕は君を愛していて、君は僕を愛している。それが当たり前だと思っていた。けどそうでは無かった。彼女は僕が救世主となることを望んでいた。弱い者が平和に暮らせる世界の創造を願っていた。僕だってそんな世界を作ろうと心から思っているつもりだった。だが、彼女と交流すればするほどに世界よりも彼女に愛されたい、理解されたいと言う気持ちでいっぱいになり、そんなことは二の次になっていた。彼女はきっとそれを見抜いていた。それでも僕のそばにいてくれた彼女は何処までも優しい。最後まで僕が理想の世界を作ると信じてくれていたのだから。
僕は彼女を裏切り、個人的な愛を求めた。嗚呼、僕は早く楽になりたかったのかもしれないな。
もし僕を理解する者がいるとするならば、それはきっと同じ様な苦しい経験した人なのだと思う。
彼女との会話の感じや空気感、それらで僕は勝手に僕と同じような人間だと彼女のことを思っていたけれども、そういや僕は何も彼女のことを知らなかったな。
『自分のことしか考えていなかったじゃありませんか』
何度もその言葉が脳内でリピートされる。何か話そうと試みるが、言葉が喉から出てこない。
「あ、、、あ、、、あ、、、」
「さようなら、一郎さん」
彼女と僕を繋ぐ世界が途切れた。
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