白の原罪

かいれら

第1話 単色の僕ら

この世界には、色がある。

 空に、動物に、果物に、そして……人の心に。

 それを扱うのが、私たちの仕事。

 それを誇りに思ったことは、一度もない。




 子供のころによく言われたことがある。『いい子にしてないと、悪い絵描きに心を奪われちゃうよ』と。

 自分のところだけかと思ったが、ほかの地域でも似たようなことを言われてたらしい。

 『絵描き』。本当にいるか定かではなく、何かしらの方法で精神に干渉する魔法使いの総称、という噂程度のことしかわからない。おまけに、『絵描きは必要と思う人間の前にしか現れない』という謳い文句付きだ。余計胡散臭い。

 で、僕が今いる所というのは…………。

「……こんな所にホントにいるのかな?」

  その絵描きが居るらしい森の奥である。人はおろか、気配が不気味すぎて動物すらいる気配がない。途中まで運んでくれた馬車の主人に何度心配されたことか。端から見れば自殺しに行く男だ。

 まあ、ここまで来たのだ。引き返すわけにはいかない。意を決して生い茂った森の中を進む。



 そこから数時間が経った現在、掲げた決意はとうに折れかけている。太陽が見えないほど深い森なので時間が分からないが、峠は数度越えただろう。全体的に白い服で来たのは完全に間違いだった。特に足部分なんかは元の色が分からないほどだ。これ結構気に入ってたんだけどな~。

 自慢の黒い髪ももうすぐでエイリアンのような緑になってしまう。

 頭に遭難の二文字が思い浮かんだころ、急に下半身が軽くなった。それと同時に茂みがなくなり、視界が広がる。ようやくか、という安堵によって息を吐きそうだったが、それはすぐ止まってしまった。

 あたり一帯は木が伐採され、そこそこ広いスペースがある。花壇があり、畑があり、そして小さな家があった。全体がツタと葉っぱで覆われているので人が住んでる気配がないが、煙突から出る煙がそれを否定する。

 噂された場所に人が住んでる気配がある。目的が達成した喜びと同時に、体が緊張で包まれる。 

 ゆっくり、ゆっくりと近づき、ドアノブに手をかける。もう片方の手を腰に回したまま開けようとしたとき……

「!? とおわあぁ!?」

 勢いよく扉が開かれ、握ったままの手が引っ張られる形で中に入った。段差を数回転したのち、全身に激痛が走る。もうしばらく悶えそうなところを理性と根性で何とか立て直す。

 杖の先端に光を灯し、あたりを確認する。日が入ってないので分かりにくいが、至る所に本や薬草、そして実験器具がある。

 扉を内側から開けられた気がしたが、人の姿は見えない。勝手に開いたのか、それとも自動発動式の魔法がかけられていたか。後者だとしたら最悪、魔法使い同士の戦いになりかねない。瞬きすら惜しんで全神経を集中させる。

 中は意外に広く、少し歩いた程度では全体の形が分からない。ふと、前の視界にわずかな日の光が見えた。注意を払いつつ、前に進む。

 しばらく進んだ先にあったのは、大きなキャンパスだった。日光に対しこれでもかというほど反射を行い、周りにある筆や絵の具までも輝かせている。

 異質なのはそのキャンパスに描かれている絵だ。いや、ただの色という表現の方が正しいだろう。黒一色で統一されたキャンパス。隅々までびっちりと黒が塗られている状態は、ある種の執念すら思わせる。

「黒が……好きなのかな?」 

 こんな感想しか出てこない僕は、間違いなく芸術の才能が無いだろう。

「誰ですか?」

 暗い世界で、その声はびっくりするほど響き渡った。驚く前に、声が聞こえた方を向く。 視線は自分のいる位置より上。螺旋状の階段の奥に人が立っているのがぼんやり見える。ゆっくりと降りてくるたび、姿形が次第に分っていく。

 青と黒を基調としたワンピース、両手には黒色の手袋をしている。頭上には赤のベレー帽を被っていて、髪は全く見えない。おそらく帽子の中に全て仕舞っているのだろう。さっきの絵画に影響されてるかもしれないが、まさしく絵になるような美しい人だった。

「どちら様ですか? お客さまですか?」

 重ねて女性が質問する。つい見惚れて時間が止まっていたが、このまま答えなければ完全不審者だ。

「あ、えっと、お客さまというか、そうじゃないというか、あ! でも用がないと言われればそういう訳でもなくて、えっとえっと……。弟子に、して下さい?」

 嘘が下手にも程がある。自分で言ってて呆れてしまう。

「…私に嘘を言うのはおすすめしません。『絵描き』は職業柄、嘘を見抜く能力に長けています。もし発言を撤回しなければ、あなたを敵とみなします。」

「ああ、ちょっと待って! 10秒、10秒だけ待って下さい!」

「分かりました。では10秒待たせていただきます。」

優しいのか素直なのか、とにかく時間は稼げた。頭の中を整理して、自分の言いたいことを伝える。



「急に押しかけてすみません。私はラング・メイアレスと申します。僕の探したいものを、探してほしいんです。」

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白の原罪 かいれら @kairera

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