第10話 駅長室への秘密の回廊

 階段を下った先にあったのは、分厚い鉄の扉だった。


「この扉の向こうが駅長室だよ」


 案内してくれた駅員さんが扉の横に刻まれた呪印に手を当てる。

 ……って。


「駅長室、ですか?」

「そう駅長室。つまり、僕の部屋」


 駅長さんだった。


開錠アペリオ


 駅員さん改め駅長さんが呪文コマンドを唱えると呪印が光を放つ。

 そして鉄の扉がゆっくりと横に開いた。


「さあ、どうぞ」

「はい」


 うながされて前へ進む。

 中は少し広めな通路になっていて、大人5人くらいなら余裕で並んで歩けそうなほどだ。


(こんな普通の駅員でも、あんな魔術使えるんだな)


 というピノの問いかけに——


 使えないよ、多分。


 ——と答えるあたし。


(え、でもあの駅長さんが使ってたのは?)


 魔術だね。


(じゃあ、使えるんじゃねーか)


 ね。

 でも、皆が使えるワケじゃないと思うよ。


(どういうことだ?)


 魔術にはね、資格がいるモノがあるの。


(資格って免許とか?)


 そう、まさにそれ。

 あたしら商人はもちろん役人や職人とかもそうだけど、それぞれ職種ごとに適した『免許』を取る必要があってね、例えば掃除屋だったら清掃魔術を使うし、運転士さんならバスや列車の運転にまつわる魔術があるの。


(たしかモダニナントカってのは誰でも使えるんじゃなかったのか?)


 近代魔術モダニデマギね。

 たしかに、昔の中世魔術コムニデマギと違って誰でも使えるようになってるけど、だからこそ使える人を制限する必要もあるの。


(差別化みたいなもんか?)


 差別化というか、誰でも使えるってことはと言えばわかるかな?


(ああ、そういうことか。つまり、極端に言えば赤ん坊でも人を殺す魔術が使えるってわけか!)


 そういうこと。

 だから、その資格がある者だけが扱えるように術によって制限をかけてるものが存在するの。


(合理的だな)


 まあ、実際『魔術の結晶化』によって世の中が便利になったけど、その反面で革命初期の頃は事故や事件もそれなりに起こってたみたいだし。


(それでも便利さを優先したってことだよな)


 それもあるし、まぁみたいなモノもあったんじゃない?


(お前、もしかして陰謀論とか好きな口か?)


 おい、その言い方はあたしを馬鹿にしてるよな?


 しかし、ピノはそこで黙り込む。

 まあ、いいけど。


 そうこうしている内に、あたしの前に先程と同じ形の鉄扉が見えた。


「着いたよ」


 駅長さんは、さっきと同じように扉の右隣にある呪印に触れて、「開錠アペリオ」と唱える。


 そして開いた扉の先には、長テーブル。

 その左右に鎮座していた駅員さん達が一斉に立ち上がり、綺麗に一礼して迎え入れてくれた。


 いや本当、分度器で図りたいくらいに綺麗なくの字で。


「ホロロギウムの駅へようこそ」


(まるでRPGの村人みたいな台詞だな)


 またしてもワケわからんことをつぶやく布人形ピノッキーオさん(0歳)


(なんだよ0歳って……)


 だって、まだ(自称)転生したばかりなんでしょ?


 心の中で言いながら、あたしはピノの頭をポンポン叩く。


(だから、それやめろってーの)


 ピノをいじるのはこれくらいにして——と。

 あたしは、スカートの裾を軽くつまんで会釈する。


「時計屋のピッコリーナ・テンポリスです。本日はよろしくお願いいたします」

「待っていたよ、ピッコリーナちゃん。先代には随分世話になったね」


 そう言って手を振ってくれたのは、テーブル左側の一番奥に立つスタッチオーネさん。

 先代——おじいちゃんとは旧知の仲で、去年までここの駅長だった人だ。

 何かの折に代わったとは聞いていたけど、その後任があたしの隣にいる童心帰りおじさんだったとはね……

 そのスタッチオーネさんは、ゆったりとした歩調でこちらまで出迎えてくれた。


「いえ、こちらこそ、その節は色々お世話になりまして」


 あたしは恐縮のあまりペコペコと頭を下げる。

 いや実際、おじいちゃんが旅立ってからというもの、本当にお世話になりっぱなしだったからね。


「よく来てくれたね。ここまで長かったでしょう、階段といい通路といい」


 労いの言葉をかけながら、握手を求める前駅長。

 あたしは「いえいえ」と返事しながら、その手を握り返す。

 しわがれてはいるけどゴツゴツして肉厚な働く男の手は、どこか暖かく感じられた。


「評判は聞いているよ。パーネちゃんとこの石窯の時計や、この間なんかラヂオ局の臨時スケジュールまで組んだんだって?」

「はい、急なクエストだったんで少し焦っちゃいましたけど、なんとか間に合わせることが出来たんでホッとしてます」

「大したものだよ。先代も鼻を高くして見守ってくれてることだろう」


 これよこれ、こういう評価でいいのよ!

 やれ時計塔の魔王だのサイクロプスだのそういう眉唾な武勇伝じゃなくて、ちゃんと仕事の方を評価してほしかったワケよ。

 さすがスタッチオーネさん、良く解ってる!


 などと言う本音はおくびにも見せず、あたしは素直にお礼を言う。


「ありがとうございます」

「では、あとはここにいるトレノ君に任せて、年寄りは黙って見守ることにするよ」


 トレノと呼ばれた若い駅長さんは、スタッチオーネさんに軽く肩を叩かれて少し照れ臭そうに笑みを浮かべる。

 だが、すぐに真顔に戻ると、彼は帽子を直してこちらに敬礼した。


「改めまして、駅長のトレノです。本日はご足労頂きありがとうございます」

「こちらこそ、駅長自らお出迎え頂き、感謝いたします」

「では、これから打ち合わせをいたしますので、あちらの席にご着席ください」


 そう言って案内されたのは、奥のちょうど真ん中。

 ピノ曰く「お誕生日席」というらしい。


「それでは、時刻表整理始めたいと思います」


 あたしは案内された席に着き、自信たっぷりにそう宣言する。

 しかし、これが長い戦いの始まりでもあった——



 ——お昼ご飯までの。


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時計屋ピッコリーナと転生人形 さる☆たま @sarutama2003

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