第10話 Beginning of prologue


あれから暫くの時が経った。


特異点という存在や、それによる異界への移住計画というのにはかなり驚かされたが納得はできた。


食料もあらゆる資源も乏しい中、いつ滅ぶか分からない状態でギリギリの生活を続けるよりかは異界という希望の地を目指す方がまだマシだと思えたからだ。


準備にはそれなりの時間を要したが、必要最低限の人員と装備の確保には成功。


一番の厄介事だった市民会ともなんとか合意し、余計なトラブルも避けられた。


そしてその何週間という時を経て、遂に計画は実行に移された。


========




《天使の姿は確認出来ず。進路上に障害無し》


《了解、今の内にドローンを帰投させ再充電しておけ》


何十両もの車両の列が街の中を進む。


そこにいるのは皆新天地を目指す事を決意した者達だ。


しかし、スクランブル・シティから出たのは住民の半数程度しかいない。


市民会とその支持層の多くが残留を望んだからだった。


お陰で残留する者達のために貴重な戦力も半数を割く事となり、今更になって彼らの中には不安が募りつつあった。


彼らの中には、負傷の完治した永田の姿もあった。


永田は僅かに必死そうな表情でトラックの荷台から周囲を見渡している。


一ヶ月以上が経った今でも、未だ彼はまだアユラを見つけられるのではないか、と可能性を捨てきれずにいた。


「悪いな、人も武器も足りないもんでそんな武器しか渡せなかった」


永田の向かい側に座っていた防衛隊が彼の持つ銃に視線をやりながら言う。


中国軍と共に日本に攻め込んで来た中国の民兵隊が大量に持ち込んだ、近代化改修型の56-2式自動歩槍。


サイドアームに銃身と銃床を切り詰めたブリーチャー仕様のフランキ48AL。


その他ほとんどが余り物の装備。


支持者の多さ故市民会の発言力が強く、強力な兵器の多くを置いて行く羽目になった。


何とか確保出来たのは車列を守る為の最低限の武器弾薬とAPC装甲兵員輸送車が6両、IFVが3両、そしてその他寄せ集めの非装甲車両の数々。


多少の魔物なら兎も角、天使が再び現れれば一溜りも無いギリギリの編制である。


《周囲にはまだ特に脅威となりうる魔物はいない。スイーパーが数十匹屋内に隠れてる程度だな》


《特異点発生地点まであと僅かだが、油断はするなよ》


車列はゆっくりと、しかし確実に進み続け既に天使が出現したショッピングモール付近にまで辿り着いていた。


油断禁物というのは分かっていたが、あまりの敵の少なさに段々と緊張感が薄れてきているのを永田は周囲から感じ取った。


つい先月に災厄を味わった永田はそれを呆れた目付きで一瞥したが、その直後彼は異変に気づいた。


それは通りかかった雑居ビルの間の空間に見えた。


ほんの一瞬、何か、明らかに周囲の景色とは浮いている何かがそこに見えたのだ。


高速で通り過ぎた為シルエットもよく見えなかったが、少なくとも永田はそれを異常と認めた。


「ん?どうした永田、面白いモンでも見つけたか?」


「……今の見えなかったか?」


「いんや、何の事だ?」


「今確かに……あっまた見えた!!」


「何だよ一体――」


何事なのかと荷台から顔を覗かせた隊員は、永田と共にそれを目にした。







街中の至る所に大量発生している特異点を。


==========





指揮官のユドゥリアと車列全体もその異常に即座に気付き、無線機を手に取る。


「いかん!全車速度上げろ!!」


《特異点の大量発生を確認!!見えるだけでも20は超えてるぞ!!》


ドローンによる事前偵察でも特異点はあの時永田が見つけた一つだけだった。


つまり、移動中の何処かのタイミングでこの異常発生現象が起きたということだ。


そして特異点が発生したということは、それを生み出した元凶がいる筈。


「クソッタレマジかよ…!!」


「天使とやり合った事なんて無えぞ畜生!!」



周りの隊員達が緊張の眼差しで周囲を警戒する中、永田は一人ある一点を見つめていた。


高層ビルの屋上に佇む存在を目にし、呟く。


「…人?」


「来たぞぉおおお!!!天使だ!!!」


けたたましい爆発音で我に返った永田が目にしたのは、爆炎に包まれながら吹き飛ばされる前方にいた大型トラック。


後方から天使が攻撃を仕掛けてきたようだ。


あの時襲って来たのと同じ、三脚の巨体を揺らしながら周りの建物を踏み潰しつつ此方に向かって来ていた。


天使の体に取り込まれた10式戦車の砲塔が車列に狙いを定め、二発目を撃ってきた。


「ぐぅぅっ!!」


120mmのHEAT-MP弾が更に2両目のトラックを木っ端微塵にする。


《各隊一時散開せよ!!》


《しかし目的地まであと僅かです!門はどうされますか!?》


《門は何とか私が開通させる!!それまで逃げ切れ!!》


車列が次々と分散していくのに合わせ、永田の乗るトラックも予定ルートから外れて単独で走り出す。


すると、天使の体に同じく取り込まれていた87式自走高射機関砲の砲塔が永田達を狙い、発砲した。


「アイツ、脅威度の低い目標には攻撃術式を使ってこねえのか…!!」


35mmの砲弾が文字通りの雨となってトラックに襲い掛かる。


狙いは滅茶苦茶だったものの、あまりの弾幕に何発か躱せきれなかった砲弾が車体を貫いた。


「対戦車火器とか積んでねえのか!?」


「あるけど司令官閣下の許可を――」


「んな暇あるか!!あんならさっさとよこしやがれ!!」


荷台に置かれていた大きな箱から肩で担ぐほどの大きさの筒を取り出した。


「はっはっ!あのバケモンにぶっぱなすのにピッタリの奴があんじゃねえか!!」


永田が担いでいたのは、中国陸軍で運用されていた98式120mm対戦車ロケットランチャー。


通称PF-98の照準器の電源を点け、スコープを覗く。


天使にレティクルを合わせると照準器に搭載されたFCSがレーザー測距による目標の位置情報を元に自動でレティクルをその距離に合わせて調整した。


「あんま揺らすな!!もう撃つぞ!!」


照準器を覗き続けながら引き金に指を掛ける。


今は天使の注意は他の車両に向けられており、回避される可能性も極めて低い。


「バックブラストクリア!!」


自身の背後から全員が退避したことを確認し、遂に引き金を引いた。


120mmHEAT-MP弾が轟音と共にロケット推進によって放たれ、高速で天使の頭部へと向かっていく。


天使は発射に気付く素振りを見せるも、回避は間に合わずロケット弾は見事頭部に直撃した。


一瞬にして天使の頭部が爆煙に包まれ、凄まじい弾着音がその場にいた全員の内蔵を震わせる。


どうやら10式戦車の砲塔内の弾薬庫が誘爆したようだ。


黒煙が晴れると、頭部の肉の大部分が吹き飛び、よろめく天使の姿があった。


表皮に取り込まれていた殆どの兵器はこの大爆発で無力化されていた。


「っしゃあ!!効いてるぞ!!」


喜ぶのも束の間、致命傷を負った天使は自己防衛の為に体内で精製される魔素を惜しみなく使い始める。


「来るぞ…攻撃術式だ!!建物に隠れながら進め!!」


天使の頭部周辺で幾つかの青白い光が収束し始めた。


収束する光はやがて数発の光弾となり真上に打ち上げられる。


そしてそれは複数の車両を追跡し、頭上で更に複数の小さな子弾に分裂し降り注ぐ。


「トップアタックかよ!!?」


降り注ぐ子弾は周りの建物ごと車両を次々と焼き尽くす。


幸いにも精度はそこまで高くなく、永田が最初に見たあの光線と違って貫通力も無いためビルを盾にして半数は防ぐことが出来た。


目の前に広がる爆炎にトラックのドライバーは動揺しながらも死んでたまるか、とアクセルを吹かし突っ込む。


《現在の生存者に告げる!!門の開通に成功した!!》


天使の攻撃を躱し続ける中、ユドゥリアの乗る指揮車から通信が入る。


《しかし、転送先の座標固定までは出来なかったため転送位置は全員ランダム状態だ!!それでも死にたくない者は全員入れ!!》


「こんな時に運要素かよ勘弁してくれ…!!」


だが、ここで逃げ続けても生きられるビジョンが見えなかった永田は腹を括る。


「この先にある筈だ!!全速力で突っ込むぞ!!」


「ちきしょォ!!了解だ!!!」


フットペダルを限界まで踏み込み、軍用の輸送トラックは嘗て無いほどの速度で道路を走り抜ける。


しかしそれでもまだ天使は永田達を狙って来ていた。


トップアタック式の光弾の次は、巨大な二本の光る謎の物質で構成された砲身のような物を展開した。


それが高速回転を始めると、ガトリング砲の如き連射速度で光弾を放って来た。


今度は貫通能力のある光弾だったため、永田達は弾幕を直接浴びた。


車体のあちこちに穴が開き、運転席の天板が吹き飛ばされた。


「しつけえ奴だな!!!」


PF-98の次弾を箱から取り出し、砲身後ろ側から装填する。


次に装填されたのはサーモバリック弾。


先程と同じように狙いを定め、発射した。


放たれたサーモバリック弾は同じく頭部へ向かって飛翔する。


しかしその時、天使が展開していた砲身の回転が止まり、一筋の光線を放った。


最初に見た物よりかは威力は低いものの、先程までの狙っているのかすら怪しかった低い精度の弾幕からは想像もつかないよう高精度で、サーモバリック弾を貫いた。


光線に貫かれたサーモバリック弾は天使に直撃する寸前に空中で爆散した。


「マジかよッ!?」


サーモバリック弾を迎撃した天使は再び次の攻撃準備に入る。


今度こそ躱せない。


そう思いかけた時に、ユドゥリアではない誰からか通信が入った。


《今からそっちに行く!速度を少し落として!》


「その声は、フリエン先生!?」


対向車線からいつの間にか飛び出してきたジープに乗っていたのはフリエニカだった。


彼女は攻撃術式を放とうとしている天使に向かって手に握った手榴弾のようなものを投げた。


それは僅かな威力で炸裂し、粉末状の何かを空中に撒き散らす。


そして同時に天使から再び光線が放たれた。


「先生!!!」


避けろ、と永田が叫ぶ前に光線は何故か永田達を焼き尽くす事無く明後日の方向へと逸れて隣のビルを数軒焼き切った。


「今のは!?」


魔素源鉱マギウムを利用した完全無詠唱の即席防御術式さ!!名付けて偏向フィールドとでも呼ぼうかな!?》


「なんかよく分かりませんがありがとうございます!!」


気付けば既に開通した門はすぐそこまで来ていた。


漸く逃げ切れる、と思っていたら天使は彼らを逃すまいと歩行スピードを急激に上げ、光弾を乱射しながら急接近して来た。


《どわあぉっ!!》


無線機越しにフリエニカが間抜けな叫び声を上げるのが聴こえる。


「さっきの偏向なんちゃらまた使いましょう!!」


《ごめんさっきので最後!!》


フリエニカの出来れば聞きたくなかった返答を聞き、こうなれば運頼みしかないと心中で流れ弾がこちらに当たらないことを祈りながら門を注視する。


とはいえ門はもうすぐそこ。


光弾が多少被弾したとて入る事は出来ると確信も出来ていた。


「そのまま突っ込めえええええ!!!」


フルスピードで二両は遂に門の暗闇の中へとその姿を消した。











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