第9話 特異点

「……う……あぁ……」


あれからどれ程の時が経ったから分からないが、今いる所がスクランブル・シティである事は分かる。


そしてここはその病院だ。


永田のよく知る人物が運営している場所。


目を覚ました永田はベッドから上体を起こし、周囲の様子を見ていると病室の扉が開いた。


「起きたか。さて、彼らを呼ぶ前に個人的な話でも聞こうかな?」


「……フリエン先生」


「んふふ、フリエニカと呼び捨てで構わないと毎度言っているだろうに。ニックネームに先生を付け足して呼んでくれるのなんて君だけさ」


銀髪を腰辺りまで伸ばし、白衣に身を包んだ女。


彼女の名は『フリエニカ・バッティーツカイ』。


このスクランブル・シティに於いて数少ない貴重な医療従事者であり、魔術師としての腕もある。


ヴィエと同じく戦前から生きている亜人種らしいが、種族名は誰も知らないし彼女自身も語る事は無い。


戦中は中国陸軍の亜人兵部隊で魔導特技兵という兵科として対日戦に加わっていたそうだ。


怪我をしてここに来る度にその当時の武勇伝を飽きる程聞かされた。


攻撃術式を使ったブービートラップで陸上自衛隊の最新型の戦車を何両も屠っただの、認識阻害術式でUAVの目を欺きながら敵陣地を奇襲しただの、装甲車に乗りながら防御術式による人力APSアクティブ防護システムでトップアタック式対戦車ミサイルから仲間を守っただの。


とにかく凄い人であることは間違いないと言える。


「……最初君を保護した時、全身にスイーパーによるものと思われる噛み傷が複数あった。ああ、勿論呪毒は解除したから安心してくれ」


フリエニカはまず一人でここまで戻って来るまでの経緯について尋ねた。


しかし、彼は俯き閉口したまま話そうとはしない。


両手でシーツを強く握り締めながら震えるばかりでフリエニカは不審に思い、質問を変える。



「その噛み傷、何に……いや……に噛まれた?」


その質問に対して、永田は虚ろな目でゆっくりと口を開く。


「……何も…出来なかった。……見捨てて逃げたんです」


「その様子だとアユラ君の事かな」


「なんで分かって……」


「分かるさ。君は自覚してなかったみたいだけど、周りの皆は君がアユラ君にお熱だった事は知ってたからね」


フリエニカが「思い出させてしまってすまないね」と一言謝罪を述べると、永田は再び語り出した。


「アユラは……呪毒の発症が始まっていて、既に助からない状態でした。でも……苦しみながら撃ってくれと頼むアユラを……俺は……楽にしてやる事が出来ませんでした」


「やはり……その噛み傷は」


「その後、突然アユラが静かになったかと思ったら……血走った目で俺に襲い掛かってきて……ビビって狙いも付けずに撃ちまくったら逃げていきました。……きっとアイツはスイーパーになって今も何処かを彷徨っていると思います」


永田が最後に呟くように言った言葉にフリエニカが反応する。


「永田君、もしかしたらアユラ君とまた会えるかもしれない」


==========




「イェフレク、情報に間違いは無いのだな」


「ああ、ここから南方30km地点……ちょうど遠征隊が向かった付近で確認した」


夕方、薄暗い作戦司令室にはイェフレクとユドゥリアの2人がいた。


ドローンによる偵察や砲撃の誘導、その他の支援を担うオペレーターのイェフレクは、あの遠征隊の惨状を軍用ドローンの複合カメラ越しに目にしていた。


「天使の出現か、終戦と同時に滅んだ物と思っていたが……」


想定外の事態にユドゥリアは目を伏せる。


あの冷静沈着なユドゥリアがここまでの動揺を見せる事が、どれ程の緊急事態か物語っていた。


「いつも気になってたんだが、天使とはなんなんだ?魔物じゃないのか?」


「では聞こうイェフレク、魔物の定義とは何だ?」


「あー、確か大気中や獲物の持つ魔素をエネルギー源として生きる生物、だったか」


「そうだ、そしてそれらから摂取出来る魔素の量は少ない為普通魔物の寿命は短い」


そう言いながら、ユドゥリアは自分の机の引き出しからファイルを取り出し中から報告書とそれに留められた写真を取り出した。


「これは……」


「戦時中、在日米軍が提出した天使に関する報告書だ」


報告書と共に並べられた写真を手に取り見てみると、それには半壊した高層ビルにもたれ掛かるようにして斃れた巨大な異形の姿が写されていた。


「天使というのは、嘗てこの世界と繋がっていた第二の世界の住民が魔術的手段を用いて創り出した生物兵器であり、魔物との違いは自らの体内の核から魔素を精製出来るため活動時間は理論上無制限という所だ」


「無制限って……そんな事が可能なのか……!」


「どうやらあちらの世界では無限という概念は存在するらしい……信じ難いが」


一通り読み終えた報告書をファイルの中に戻し、ユドゥリアはイェフレクの方へ向き直る。


「そして天使は敵地の蹂躙以外に別の役割を持っている。それは、小規模の門を発生させ魔物を送り込むこと」


ファイルから新たに取り出されたもう一枚の報告書には、見慣れない物体の写真が添付されていた。


宙に僅かに浮かぶ青白いベールのような光を纏った真っ黒な球体。


在日米軍の次は日本に侵攻を仕掛けた中国軍側の報告書だった。


「天使は一定周期で門を接続する為のを発生させる。それを魔術師が向こうの世界にあるもう1つの特異点と接続することで任意の位置と繋がる門が生まれる」


報告書に目を通すイェフレクを横目にユドゥリアは話を続ける。


「そして、この特異点こそが我々の狙いである」


「狙い……?」


「我々はこの街を作った当初からある計画を立てていた。それが……この特異点を使って門を開き……」


ユドゥリアは特異点と名付けられた黒い球体の写された写真を手に取る。


「……あの世界へ、移住する。 この世界は、最早長くは持たんだろう」

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