第8話 立つ鳥後に何も残さず
雨の降り頻る廃都の中を一人の男が走る。
その体が如何に濡れようが、凍えようが彼が足を止めることは決して無い。
彼の背には、息も絶え絶えな死に損なった単眼種の少女が一人。
彼にとっての最初の友。
最初に話し、最初に遊び、最初に食事の席を共にし、最初に……。
最初に、守りたいと思った人。
いや、この時点で彼の思いは既に揺るぎなき誓いと化していた。
絶対に彼女をこの手で守り通すという誓いが、彼を突き動かす。
呪毒が彼女を魔物へと変えてしまう前に。
「ナガ……タさ……ん……」
「アユラ!アユラ!!まだ生きてるよな!?もうすぐだ、もうすぐ着くからな!!」
「私はもう……ダメで……す。置いて、行って……く…だ…」
「ダメな訳あるか!!まだだ、まだ治せる……!!まだ治せるんだ!!」
口ではそう言っていても、アユラの変異が始まった所を目にした彼の脳は既に助からないという現実を認識していた。
スイーパーの持つ呪毒は、噛み付いた相手を数時間から最長で一週間程掛けて同族へと変異させる。
ウイルスや寄生虫などとは違って簡易的な術式の一つである為、腕利きの魔術師ならば解除が可能だ。
基本的に助からないと判断される呪毒進行度の目安は……。
「私の……目、見ましたよね……?」
感染者の瞳孔が魔物特有の十字に割れた物へと変わると、もう助からないと言われている。
目の変異の後、感染者は激しい苦痛を訴えながら体を痙攣させ始める。
それから今度は肌や内蔵が高速でどんどん変異していき、最終的にスイーパーと同じ姿と化す。
彼女は体が変異を始める一歩手前まで呪毒が進行していた。
だから、助かるはずが無かった。
だが、認めたくなかった。
こんな現実を、認めたい訳が無かったのだ。
例え無駄でも走り続けるのが彼が自分自身に与えた使命だった。
「はっ……はっ……!!」
寒さで体は凍え、体力が消耗し全力疾走する脚部が悲鳴を上げ始めるが尚彼は止まらない。
お陰でスクランブル・シティへはあと僅かで辿り着ける距離まで来れた。
見慣れた道を進んでいる事に安堵していると、突然背負っていたアユラが暴れ出し、バランスを崩したた永田が転倒した。
「アユラッ!?」
もう彼女は大丈夫かと聞くことすら出来ない程にボロボロだった。
遂に体の変異が始まり、皮膚が裂けてそこから新たにスイーパーと同じ皮膚組織が形成される。
段々とスイーパーへと変わっていく彼女の姿を見て、彼は目を見開きその場で跪いた。
もう助からない。
その場実だけが、彼の頭の中にあった。
「ナガタさん、おね……がいし…ます。苦しくて……堪らないんです……!」
変異に伴う全身の苦痛に苦しむアユラの姿など見てられなかった。
絶望に満ちた表情で彼はM17をホルスターから抜き、薬室に初弾を装填する。
例え何処まで彼女を大事に思っていても、苦しんでまで生きていて欲しいとは思わなかった。
だから、彼は銃口を彼女に向けた。
彼女の大きな瞳を通して、拳銃を構える自分の顔が見えた。
あまりにも酷い顔で、これから大事な人を一人殺すというシチュエーションにはぴったりな表情。
仲間の死なんて何度も見て来た。
慣れてると思っていた。
いつもそこらで魔物に食い殺さて野垂れ死んでいる仲間を見ては、自分は平気だと。
誰が誰の命を奪おうと自分には関係無い。
だがいざ自分が奪う側になった途端、今までの飄々とした態度が嘘のように動揺してしまうのだ。
それが他人の命に対して都合のいい考え方しかしてこなかった、逃げ続けた男の末路だった。
==========
《監視塔よりHQ、門に接近する生命体を一つ視認。人型の模様、指示を請う》
《HQより監視塔、敵対行動を確認するまで発砲は禁ずる。警戒を続行せよ》
スクランブル・シティの門に一つの人影が近付く。
それは今にも倒れそうな足取りで、ヨタヨタと歩きながら此方へ真っ直ぐ向かってきている。
監視塔にいた者達もそれが人間である事に気付き始める。
「おい、ありゃあ人間じゃねえのか?」
「ていうかあの装備……まさか、遠征に出た防衛隊の連中か?」
「……間違いねえ、あの装備は防衛隊だ!見た感じひでえ怪我だ、早く保護するぞ!」
現場の判断によって門は開かれ、中から出てきた兵士達が今にも倒れそうな彼の体を支える。
だが、その時には既に彼は意識を手放していた。
右手に、弾切れでホールドオープン状態のM17を握ったまま。
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