第7話 瞳孔

天使と呼ばれる化け物に襲われてからおよそ4時間程経った。


既に夜が明け、朝日が廃墟達を照らし青々とした草木を彩る。


重傷を負っていた永田は未だソファに寝かされ、窓の外をアユラが警戒している。


だが重傷なのはアユラも同じだ。


右手の義手に9mm機関拳銃をパラコードで括り付け、スイーパーに噛み付かれた左腕で構えている。


「ナガタさん、今は天使の姿が見えません。辛いかもしれませんが今のうちに少しでも移動しましょう」


「大丈夫だ……これ以上お荷物にはならねえよ」


僅かに呻き声を上げながら永田は立ち上がり、装備を整える。


あの攻撃でQBU-191は失い、代わりに腰のホルスターに仕舞っていたサイドアームのM17拳銃を手に持つ。


「左腕も上手く動かせんだろ。俺も援護する」


「申し訳ありません……」


「いちいち謝んな、早く帰るぞ」


雑居ビルを出て、周囲を警戒しつつ歩道を進む二人。


今の季節が何なのかは分からないが、朝は暖かな日差しと共に心地の良いそよ風が吹いていた。


そよ風に揺れる草原を踏みしめながら進み続けると、目を疑う光景がそこにあった。


真っ先に目に入ったのはバラバラに砕け散った高層ビルの残骸。


恐らく昨夜天使が破壊した物だろう。


しかし、そのすぐ側にある物が最も二人の視線を引き寄せた。


「あ、あれは何でしょうか……?」


嘗て公園だったのであろうそこに佇む何か。


それは物とも生物とも言い難い見た目をしていた。


真っ黒な一切の光を反射しない球体の中で青白いベールのような光が蠢いており、その周りの景色は歪曲していた。


「なんだありゃあ……あの天使がやったのか?」


球体は地面から数十cm程浮遊しており、それにサイズも大型トラックが一台は入れそうな程に大きい。


「これも含めて……報告しないと、ですね……うぅぅ……!」


突然呻き声を上げながらその場で蹲るアユラ。


精神力で耐えてはいたものの、今も尚スイーパーによる左腕の傷が彼女を苦しめていた。


「しっかりしろ!クソッ……呪毒の進行が予想より早い……!!」


「大丈夫です……少なくともまだ戦えます……!」


そう言って意地を張るアユラだが、立ち上がろうとしてそのまま力が体から抜けて倒れそうになった。


既に呪毒は彼女の体の内側を蝕み、変異への準備を着々と進めていた。


意識が朦朧とし、上手く歩けないアユラに肩を貸して少しでも前に、と歩き続ける。


念の為警戒は怠らなかったが、黒い球体が此方に何かしてくるといった事は無かった。


「スクランブル・シティまで後何kmあるんだか……。」


「この道は……出発時に通った道ですね。ここを、辿っていけば帰れる筈です」


「取り敢えず道に迷う事は無いみたいで安心した」


=========



結果だけを言うと、天使はまだいた。


最初は何処かへ去っていったのかと安堵の溜息を漏らしながら進んでいたが、突然のけたたましい鳴き声が聞こえアユラは思わず体を跳ねさせた。


高層ビルの陰に隠れ姿が見えてなかっただけのようだ。


それから大急ぎで近場の雑貨屋に身を隠した。


カウンターの裏でやり過ごそうと息を潜めていると、天使の足音が聞こえて来た。


ドズン……!ドズン……!


そんな音が鳴り出してから暫くして、遂に朝日の光で天使の姿が顕になる。


それは装甲を纏った巨大な肉の塊。


嘗て人類が用いていた戦車やヘリコプターなどと言った兵器の残骸を取り込み、今の姿があるという。


頭頂高は300m以上あり、三脚のように三本の脚を生やす頭部からは攻撃ヘリのチェーンガンやガトリング砲にミサイル、主力戦車MBTの砲塔までもが体の一部として取り込まれていた。


「早く通り過ぎてくれ……!」


足音が近付くと共に地面が激しく揺れ出し、商品棚に置かれていた物が次々と落ちる。


天使が彼らのすぐ側まで来た時、カウンターから顔を覗かせると道路を埋め尽くす程のサイズの脚が見えた。


道路上にある全ての物を踏み潰しながら、天使は通り過ぎて行った。


対人探知能力がそこまで高くない事に感謝しながら今度こそ去っていったのを確認し、移動しようとする永田。


「よし、行ったな……行くぞ」


アユラからの反応は無い。


「……アユラ?」


不審に思い振り向くとそこには、その場で蹲りながら痙攣を起こすアユラの姿があった。


「……!!まさか、そんな!?」


嫌な予感がし、アユラの元へ駆け寄ると上体を支えその姿を見る。


そして、最悪の予感は的中してしまった。


「あぁぁ……っ!」


「な……ナガタ……さ…ん」


彼女の大きな目は、瞳孔が魔物特有の十字に割れた黄色の瞳と化していた。


それが示す事はただ一つ。


呪毒の発症は、もう既に始まっていた。

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