第6話 聖なる超位


雪崩。


そう形容するに相応しい規模の群れを見て、彼らは直ぐに動き出した。


「早く飛ばせ!!」


「やってるっての!!」


漸くエンジンの始動したB-11はターボチャージド・ディーゼルエンジンの轟音を響かせながら進み始めた。


流石は嘗て東側最新鋭の歩兵戦闘車と言った所か、機動性は十分に高く周りの縁石や街灯を踏み潰しながら駐車場の外へと真っ直ぐ向かった。


しかしスイーパーの群れも追い付かんと速度を上げ始める。


「突っ切るぞ捕まれぇ!!」


「うぉわっ!?」


駐車場のフェンスを突き破ってすぐそこで道を塞いでいた廃車数台を、全速力で跳ね飛ばした。


凄まじい衝撃が車内を襲い、まるで洗濯機のように揺れ動いた。


「この後は!?」


ショッピングモールからの脱出に成功し、タラ二はフィブルスに次の指示を請う。


「その先の交差点を左折しろ!移動中の車列と合流する!」


「了解!」


「フィブルス分隊長!こりゃやばいぞ!!」


ケラーダの声にフィブルスが砲手用照準器のモニター越しに外を確認する。


「これは、不味いな……!」


先程のスイーパーだけではない。


騒ぎを聞き付け廃墟の中に潜んでいた多くの魔物が集結し、彼らを追跡してきていた。


交差点に到達し、高速でドリフト紛いの左折をすると魔物の群れも続いて左に曲がった。


左右のビルなどにも奴らは張り付き、まるで蜘蛛のように壁を高速で這っている。


「ケラーダ、奴らを近付けるな!!」


「言われなくとも!!」


B-11の主砲塔をハンドルで操作し、砲口を左側のビルの外壁に向けた。


ハンドルの引き金を引くと、主砲の30mm機関砲2A42が毎分500発を超える発射レートで破砕榴弾をビルに張り付くスイーパー達に浴びせた。


鉄筋コンクリートの外壁が一瞬で粉々に砕け、直撃を免れた魔物でさえも全身に破片を食らい力無くビルから落下していく。


砲身直下から吐き出された空薬莢が子気味良い金属音を奏でながら車体から転がり落ちる。


「見えた!車列だ!!」


「あっちも追われてるみたいだぞ!!」


車列の姿を視認し合流を試みようとすると、車列の方から無線が入った。


「こちら第一分隊――」


《こっちに来るな!!今すぐここから離れろ!!》


「どうした!?何があった!?」


《天し―――》


相手が何かを喋ろうとした時、瞬きを一回だけしたその瞬間に、突如車列がいた大通りは光に包まれた。


「……あぁッッ!?」


目を焼かんばかりの眩い光線は一瞬にして大通り上にある全てを焼き付くし、蒸発させた。


そして、その蒸発してしまった物の中には、彼らも含まれていた。


このような攻撃を用いる存在を彼らは知っている。


誰もが恐れ、誰もが絶望する。


戦中、あの地獄で、全ての存在にあらゆる負の感情を植え付けた存在。


真の上位存在……否、と呼べるそれを彼らはこう呼んだ。


「て……ん…し――」


高層ビルの影からその姿を表したその姿を見たフィブルスが震える声でそう呟くと、が放った光線の直撃を受けたB-11はコントロールを失い激しく転げながら横転した。


==========





けたたましい轟音と鉄の焼ける匂い。


それと僅かな血の匂いに目が覚めた。


「ゴッ……ゲホッ!!」


「ナガタさん……!ナガタさん!!」


激しく咳き込みながら上体を起こそうとすると、何かが自分の体をきつく抱き締めた。


朦朧とする意識の中、目に意識を集中するとそれが顔を大粒の涙で塗れさせたアユラだと分かった。


「生きてて良かった……!!ナガタさんナガタさぁん……!!」


よく見ると自分の右脇腹には血の滲んだ包帯が巻かれていた。


恐らく横転時に破片か何かが腹部に突き刺さりでもしたのだろう。


泣き止む気配を見せないアユラの頭を優しく撫でながら、周囲の状況を確認する。


どうやら今いるのは何処かの雑居ビルのオフィスとして使われていた二階のようだ。


応接間のソファの上に永田は寝かされていた。


「お前が俺を……?」


この状況からして、彼女が自分をここまで運び応急処置を施してくれたのだと思い、永田はアユラに訊ねる。


「ごめんなさい……ナガタさんを安全な…場所まで運ぶのに時間掛かって……応急処置が遅れて……」


しゃくり上げた声でアユラは続ける。


「そしたら、息も心臓も止まって心肺蘇生もしようとしたけど全く効果が無くて……!死んでしまったんじゃないかって……!!」


彼女の血走った目と震える瞳が、如何にその状況が酷かったのかを物語っていた。


「他の奴らはどうした…?」


「タラ二さんと……ケラーダさんは、使の攻撃術式が直撃して……」


「死体も残らなかった……って事か……」


アユラの話に拠れば、超位存在である天使の放った光線攻撃術式はB-11に背後から斜めに照射され、砲塔と操縦席を同時に貫いたとの事だった。


「フィブルス分隊長と、ヴィエさん、パライウさんは分かりませんが……恐らく生きて逃げられたのかと」


「天使が相手か……俺らもアイツらも絶望的だな……」


「ま、ま……まだ諦めちゃダメです!幸い、天使の数は大型種ですが一体だけです!それに……見つかれば私がせめて貴方だけでも逃げられるように――ムッ!?」


「やめろ」


彼にとって、一番言って欲しくない事を口走りかけたアユラの口を手で塞いだ。


「状況はこれまでの人生で最悪だが、何としてでも戻って、この事を……天使の出現を報せねえと……」


さもなければ……







「スクランブル・シティ全域が、奴の攻撃術式の射程範囲に捉えられちまう……!!」

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