第5話  先輩教諭、わいせつで逮捕

それは校庭の蝉が最後の一泣きに青春をかけている、残暑厳しい八月の下旬のことだった。低学力の生徒を対象に、クーラーの効いたパソコンルームで行っていた補習授業を終え、職員室に戻ってきた私を迎えたのは、今まで目にしたことのない、斬新な光景だった。

泣き止まない電話に追われ、必死に対応している先輩教師陣。壊れたおもちゃのように、一定のテンポで保護者に頭を下げ続けている学年主任の姿。足を器用にもつれさせながら、校長室に逃げていく教頭と校長の姿。

 何が起こっているのか飲み込めず、入口付近で息を止めている私の腕を強く引っ張ってきたのは、親しくしていた、社会科の小嶋先生だった。

「何の騒ぎですか、これ。」

「楓ちゃん、主幹の水内先生が逮捕されたんよ。明日の新聞にでかでかと掲載されるよ。」

「はい?」

小嶋先生に腕を引っ張られ、給湯室に連れてこられるまでのわずかな時間に脳裏をよぎった出来事と、全く異なる事実を聞かされた私は、きっと今までにない不細工な面をさらしていたに違いない。

「バレーボール部の指導中に、体育館の用具庫で女子生徒の体を触ったり、行為に及んだりしたらしくてさ、その様子を何故かスマホで撮影していたんだってさ。子どもが親に訴えて、その子の親が警察に通報して捕まったんだってさ。最初は水内先生も否認していたらしいのだけど、警察に動画を復元されてアウトだってさ。なんで携帯で撮影していたのかね。馬鹿だよねぇ。今、家宅捜索も行われているんだって。懲戒免職決定!楓ちゃん、よかったね。すーっとしたでしょ。」

 歌うように語りながら、たばこの煙で器用に輪っかをいくつも作る小嶋先生。そんな輪っか越しに見えてきたのは二十年前、せっせと飽きもせず、川渡りを繰り返し、何度も見てきた男の姿だった。

二十年前、私が懲りもせず見ていたものは、男が必死の思いで隠してきた、生臭い獣畜の姿だったのか。

 電話はまだしつこく泣き続けている。母親たちと思われる、中途半端に太い声が職員室の薄い窓ガラスを揺らしている。私はそんな茶色い音に背を向けながら、二十年前何度もいじめられていた豊かな髪をあやしていた。


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渡れない川 ラビットリップ @yamahakirai

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