ネコという名前の猫のはなし

以前飼っていた猫の名前は「ネコ」


初めて獣医さんに行った時に、問診票に書き込んで受付に渡したら

「あの~ここはお名前を書いていただくところなんですけど~」

と指差されたのは名前の欄。

「ネコなんですけど」

「それはわかりますが、お名前は?」

って聞き返され。

どうやら、うろたえた飼い主が名前の欄にペットの種類をまちがえて書いてしまったと思われたようでした。

「名前はネコです」

「え?」

「この子はネコって名前で」

そこまで言うとやっと理解してもらえて、しゅるるる~っと問診票は引き下げられましたが、ひきずる彼女の手が少し震えていました。

そのあとカウンターのバックから

「猫の名前がネコやってぇ~!」

っていう笑い声が聞こえてきました。



ネコは迷い猫でした。

その頃アパートで一人暮らしをしていた私は、出勤途中に最寄の駅へ向かう途中で初めてネコと出会いました。

足元で鈴の音がしたので見下ろすと、シャムにしたらぼんやりした色調の小柄な猫が背後にいて、私が歩くとついてきました。

鈴のついた首輪をしていたので飼い猫のはず。

いつまでもついてくるから

「ねこちゃん。ここから先は車多いから危ないのよ。おうちに帰ってね」

と言った時、見上げてくる猫と視線があったように感じました。


大通り出て振り返るともう猫の姿は無く、ほっとした反面ちょっとがっかり。

私は猫はとっても好きでしたが、母が喘息持ちなので毛のある動物は飼えない環境で育ち、当時のアパートもペット禁止だったので飼えません。周囲に猫を飼っている人もいなかったので、猫に触れ合う機会が無かった私にとって、うしろからついて歩いてきた猫には後ろ髪ひかれる思い。出勤途中じゃなかったら遊んでもらえたのに、とめったにない機会を逃して心残りでした。

帰りしな耳をすましておなじ道を歩きましたが鈴の音は聞こえませんでした。


数日後、行きつけの喫茶店でブレンドたのんでカウンターに座ると、マスターが

「しのぶちゃんはアパートだから無理だよなぁ」

「何が?」

実は、とマスターは住居スペースに引っ込んで猫を抱いて戻ってきました。

ぼんやりした毛色の小柄なシャムネコ!

「拾っちゃったんだよ~」

あの時の猫だと思ったけど、ボロボロって感じになってて確信が持てませんでした。

「首輪してませんでしたか?」

「してなかったよ。野良猫のわりには人懐っこくてさ。誰か飼ってくれないかな~ってお客さんに聞いてるんだけどね」

「抱かせてもらっていいですか?」

マスターからかろかろとした猫を受け取って抱き上げて、視線があいました。首輪はなく、近くで見ると毛並みも乱れててホントにボロボロでしたが私を見上げてたあの猫です。

「私が飼います!!」

コーヒーを急いで飲んで、私はアパートに連れて帰りました。


私が出会った時には首輪をしていたのですから、もしかしたら近々飼い主が見つかるかもしれない。だから名前がつけられなくって、ずっと「ねこちゃん」って呼んでいました。

結局、飼い主の方は見つからず呼び名がそのまま名前になって「ネコ」で定着してしまいました。

出会いから15年後老衰で亡くなりましたが、ネコは最高のルームメイトでした。

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一匹とひとり暮らし 青重 忍 @aoesinobu

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