第20話現在 


「マックス!聞いているの!?」


 いけない……昔の事を思い出して感傷に浸ってしまった。


「ああ、聞いている」


「なら何とかして頂戴!」


「何とかと言われても……」


「高位貴族に茶会に出席するように命令して!」


「国王でもないのにそんな理不尽な事は出来ない」


「なんで!?」


「茶会は自由参加だ。出席者が少ないからといって強制する事は出来ない。サリーも自分が茶会に参加する時はそうしていただろう?」


「嫌味? 貧乏男爵家にお茶会なんて金が掛かる事が出来る訳ないでしょう? 茶会を開けなかったのよ!」


「……だが……茶会に招待されたこと位はあるだろう?」


「ほんと、マックスはなのね。貧乏な男爵家の娘を茶会に誘う令嬢なんかいないわよ」


「……茶会に出ていたというのは嘘だったのか?」


「嘘じゃないわ。令嬢の茶会出ていないだけよ!」


 どういう意味だ?

 茶会は令嬢が行うものだ。

 夫人会にでも参加していたとでも言うのか?


「もういいわよ!」

 

 扉を勢いよく開けて出ていった。

 サリーの言っている意味が分からなかった。


 己の妻が飛び出していった扉を見つめていると、何故か嘗ての側近の言っていた事が思い出されてきた。

 私の元から去っていった側近達。


 

 『マクシミリアン殿下、サリー嬢は決して殿下が思っているような“か弱い”存在ではありません。寧ろ、その逆です。サリー嬢に晒されて徒労を組んだ下位貴族の者達を御存知ですか? 彼らは公衆の面前で高位貴族の令息や令嬢を晒し者にしているのですよ? その度にサーラ嬢が仲介に入っているのです。本来ならこれは殿下がおやりにならなくてはいけない事です。殿下が御自分に気兼ねなく振る舞ってくれる友人を大切にしたいと思っているのなら、彼らを擁護するのではなく、彼らの将来を考えて厳しく接するべきです。サリー嬢は決して彼らを助けませんよ。何故と仰るのですか? サリー嬢の行動が全てを物語っております。友人達の将来をまるで考慮していないばかりか、増長させる一方ではありませんか』


 側近達は何度も言ってきた。

 私はそれを聞かなかった。


 その結果、学園を卒業と同時に側近達は離れていった。



 今では彼らの言った事の方が正しいと分かる。歳を取ったからか、それともサリーとの結婚生活に疲れたのか……もう既にあの頃のようにサリーを愛せないでいる。


 屈託なく笑う姿は変わらない。

 コロコロ表情が変わるのも同じ。

 十年経った今も愛らしい容姿だ。

 それでもあの頃に比べたら色褪せて見える。


 まるで「恋」という魔力を失ったかのように。


 サリーといると嫌でも思い出す。

 セーラの事を。

 何時も自分を補佐してくれていた。

 失敗してもセーラが常にフォローしてくれていた。

 マナーも完璧で、座っているだけで絵になるほど洗練されていた。


 セーラなら無様に泣き叫んだりしない。

 セーラならヒステリックに怒ったりしない。

 セーラなら顔を歪めながら口汚く他人を罵ったりしない。

 セーラなら思い通りにならないからと当たり散らしたりしない。


 

 このところ、いつも思う。

 セーラと結婚していたらこんな思いはしなかったのではないか、と。

 

 女性は敏感というのは本当なのだろう。

 私がセーラの事を思い出すと必ずサリーが絡んでくる。

 子供のように地団駄を踏んだり、媚びたり、泣きついたり。

 情緒不安定なのかと思い、精神科に診せた事もあるが「正常です」という言葉しか返ってこない。


 正直なところ、私は妻の態度にウンザリしている。



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