第11話 決闘前日
エレノアに頼みを断られた翌日。俺はいつも通り学院に登校していた。
「よお、エレノア。さっきぶりだな」
「ああ」
朝一の講義に顔を出したエレノアに、片手を上げて声をかける。
数時間前、珍しく苛立った様子を見せたエレノアは、どこか気まずそうにそう返してきた。
正直俺も気まずいし、何ならこの講義があるから今日は休んでしまおうかとも思ったりした。
いつもなら隣に座って来るエレノアは、今日は俺から離れた位置にある席に着いた。
始業のベルが鳴る。
決闘トーナメント本戦は明日だ。今日はこの後ルール説明もあるため休むわけにはいかない。
講師から配られた模型に目を通す。〈封印学〉の授業で毎回課される課題で、今日の講義を聞いた後、来週までに提出しなければならない。
毎回そこそこ難易度が高いのだが、パッと見たところ今回はかなり難しそうだ。
普段ならエレノアと二人で協力して挑むのだが、今回はそうもいかなそうだ。
というより、明日したの本戦に向けて微妙に気まずい関係を何とかしなくてはならない。
そんなことに頭を悩ませながら、俺は話を聞くと眠くなる講師の授業を受け始めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
午前の講義を受けた後、一人で昼食を取り終えた俺は午後からのルール説明のため、所定の教室に向かっていた。
すると、背後から良く知った声が聞こえて来た。
「フェイト?」
振り向くと、相変わらず煌びやかな王族オーラを無自覚に振りまいた、銀髪の少女がそこにいた。
「アリス。どっか行くのか? って、同じ場所に決まってるか」
「ええ。第三講義室のルール説明です」
「ロナとシーランは?」
いつもアリスに引っ付いて離れない級友が今は見当たらない。
「ルール説明くらい一人で十分ですから。二人は明日に備えてもらっています。そちらはどうなのですか?」
「まあ、こっちも似たようなもんだ」
俺も今日のルール説明には一人で来ている。
だが俺とエレノアの場合、わざわざ二人で行く必要が無い、というのは勿論建前である。
先程食堂にいる際、エレノアの使い魔の黒猫が『一人で行け』と書かれた紙を加えて来たのだ。
「そんなことで明日は大丈夫なのですか?」
「どういうことだ?」
「何があったのか知りませんが、変にぎくしゃくしてますよね?」
「知ってたのかよ」
「ええ。貴方たちと同じ講義を私も取っていますから。普段から二人で……」
「二人で?」
何故か途中で止まったアリスに続きを促すと。
「いえ。二人でいちゃついているのに変だなっと思っただけです」
「いちゃついてはねぇよ」
「貴方は付き合っているのですか?」
「まさか。冗談でもよしてくれ。あんなのと恋人なんて死んでもごめんだぜ」
「失礼な人ですね」
俺の言葉を叱るアリスだが、その表情は柔らかくどこか楽しそうだ。
「とにかく。明日は本戦なのですから、しっかりと関係を修復しておくこと」
「敵に塩を送るとは、余裕だな」
そんな俺のひねくれた発言を受けたアリスは、腹を立てることもなく。
「そうでないと面白くありませんから」
なんて笑って言って見せやがった。
「クハハッ」
俺たちがいないと面白くない。そんな最上級の誉め言葉を貰い、俺はおかしくなって笑った。
「待ってろよ、最強」
俺とアリスはトーナメントの違う山だ。戦うには決勝まで進む必要がある。
「待っていますよ、決勝で」
アリスはまるで決勝まで進むことが確定したかのような物言いをした。
だが、それを少しも傲慢と思わせないのが彼女の凄さだろう。
「へっ、言うじゃねえか」
「貴方たちなら、上がってくるのでしょう?」
そして、そんな最強の魔術師に期待をされるている。
他の学院の生徒なら感激で涙が出そうなありがたい言葉を受け、俺は自然と口角が上がった。
だが、それは嬉しくて笑ったのではない。
絶対に決勝まで進んで勝ってやる。
「当然だぜ。全回負けた借りは返さねぇとな」
「楽しみにしていますよ」
そんな言葉を交わして、俺とアリスはルール説明が行われる教室に向かって行った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
予定通りの時間にルール説明が終わり、教室を出たところで、できれば見たくない顔を見た。
「ルイーゼじゃねぇか」
いつの通りの四人組で固まって廊下を歩いていたルイーゼたちだった。
俺に声をかけられたルイーゼたちは、ビクッと肩をふるわせた後、いつになく消沈した様子で悪態をついて来た。
「んだよ」
いつもなら、顔を見た瞬間に嫌味の一つでも言ってくるのだが。どうにも様子がおかしい。
そしてそれはルイーゼに限らず、その取り巻きたちも同様だ。
妙にそわそわしている。
「お前ら、最近学院に来てなかったそうじゃねーか。アリスが心配してたぞ」
「ア、アリスが? なんであの女が……」
「さあな。優しい奴なんじゃねぇか?」
俺は思ってもないことを適当に言った。
「チッ。テメェらには関係ねえよ。行くぞ、お前ら」
そう吐き捨てると、子分たちをせかして一人歩き出した。
「ま、待ってくださいよ」
「ルイーゼさん!」
「ちょ、おいて行かないでください!」
子分たちはルイーゼの後を後を追う。
その様子に、いつもとは違う違和感を感じるが、あいつらに構っている暇はない。
そんなことより、俺にはしなければならないことがあるのだから。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その日の夜。俺は王都のレストランの窓際の席に座っていた。
レストランと言っても、先日シャーロットと行ったような高級店ではない。店の客層や内装、提供されているメニューからしても庶民派の定食屋、といった方が近い。
店内の壁に掛けられた時計をちらりと見る。
待ち合わせの時間まではあと少しある。
放課後、俺は使い魔を飛ばしてとある人物に、夜に場所へ来るように伝えた。
暫く待っていると、扉を開けて一人の少女が入って来た。
長い前髪で片目を隠した少女、エレノアだ。
「何の用だ」
俺の前まで来たエレノアは、不機嫌そうに立ったまま言った。
「まあ座れよ。もうすぐ飯が来る」
俺がそう言うと、しぶしぶといった様子で座るエレノア。ほどなくして、あらかじめ注文していた食事が届けられる。この店の名物パスタだ。
俺とエレノアは、しばらく無言でパスタを貪った。
「それで、何の用だ?」
エレノアは再度、俺に問いかけてくる。
速く要件を言え、と急かしてくるエレノアに対して、俺はゆっくりと息を吸い。
「昨日は悪かった。俺が馬鹿だったよ」
軽く頭を下げ、謝罪した。
その様子に、エレノアは僅かにぽかんとした表情になり。
「何のことだ?」
なんて言った。
勿論エレノアは俺が何を言っているのか理解している。何せ昨日のことだ。俺たちが今日一日中気まずかった原因なのだ。
「アホみたいな無茶をしようとしたことだ。お前に心配をかけて、悪かった」
「別に、心配などしていないけどね」
つんけんとした様子でそう言うエレノアだが、それは無理があるだろうと思う。
だが、そんなことは言わずに俺はエレノアに頭を下げ続けた。
それは、明日の試合に向けてこじれた関係を修復しておきたいという思いもあるが、それ以上に自ら危険を冒して彼女を怒らせたことを謝りたかったから。
なんだかんだ言って、エレノアは仲間思いな奴だ。その証拠に、《原典》が白紙である理由を解明するという条件から遠ざかっても尚、俺とチームを組んでくれている。
「ッチ」
軽く舌打ちをしたエレノアは、グラスに入った水を一気に飲み干した。
「明日は優勝するぞ」
少し照れたような赤い顔でそう言うと、レストランから出て行く。俺はその様子を見て、安堵する。
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