第9話  講師の務め

 決闘トーナメントの本戦一回戦まで一週間。


 以前失敗した【歯車の剣】を何とか使えるようになろうと、俺は休み時間に空き教室に来ていた。


「ぐっ!?」

「フェイト!?」

 猛烈な苦しみに、その場に膝を付いた。


 制御を失い暴走する魔力が、身体中で暴れる感覚に苦しんでいると、エレノアが駆け寄って来る。


「あまり無茶をし過ぎるなよ」

「分かってる。でも、こいつを使えるようにならんことには一回戦も勝てねぇよ」


 俺たちの本戦一回戦の相手は、前年度の決闘トーナメントを二年生にして制した実力者チームだ。

 そこからさらに一年経った今、当然当時よりも実力を上げていることだろう。


 そんなチームを入学してすぐに、それも単騎で蹴散らしたというのだから、アリスの強さは計り知れないが。


「三回までは振れないと、勝ち筋が見えねえ」

 俺は立ち上がり、魔力を流していない、ただの剣の状態のそれを適当に振った。


 俺がこの剣を振れない理由は単純だ。


 俺たち魔術師は、基本的に自らが練り上げた魔力で魔法を使ったり、身体能力を高めている。空気中のマナを呼吸によって取り込み、心臓で魔力へと昇華しているのだ。


 つまり、自分が使う魔力はすべて自分が熾したものになる。

 他者から魔力を融通してもらうということも出来るのだが、その際は細心の注意を払わないといけない。そうしなければ、他人の魔力に拒絶反応を起こしてしまう可能性があるからだ。


 そして、俺が乗り越えなければいけない壁は、その拒絶反応だ。

 自分で練り上げた魔力を、【歯車の剣】を通して増幅した際、俺の身体はその魔力を自分のものとして認識できずに拒絶反応を示してしまう。

 それが、俺がこの剣を使ったときに襲われる心臓の痛みの正体だ。


「一回振ってそれで終わりじゃ意味がねぇ。それなら素手で殴りかかった方がまだましだ」

「拳闘は習ったことあるのか?」


 エレノアの問いかけに、俺は首を横に振った。


「飲んだくれやチンピラ上がりの用心棒相手ならともかく、相手も魔法で身体能力は強化してんだ。俺の喧嘩殺法じゃ無理だな」

「それは、そうだな」


 方法が無いというわけではない。

 先日『拒絶反応なら、身体を慣らしてやればいいんじゃないか?』とエレノアに言われ、今日もその訓練を重ねているのだ。


 実際効果はあった。始めの方は一度振っただけで卒倒していた状況から、今では我慢すれば振った後すぐに立ち上がれるようにまでなった。


 だが、一回戦までは残り一週間。


「こりゃちょっとヤバいな」

「ここぞというところまで取っておかないとな」

「だな。でも一回戦は三年の、それも去年の優勝チームだ。使わずに勝つなんて無理だぜ」


 今のままでは開始早々にノックアウトされる未来しか見えない。


「諦めるか? 何も今年にこだわる必要はない。来年以降でも問題はないはずだ」

「馬鹿なこと言うなよ。本番も迎えてねえのに諦めるなんて馬鹿なことできるか」


 金の問題もあるが、それは死ぬ気で頑張れば来年くらいまでは何とかなるだろう。

 だが、勝負が始まる前から諦めるなんて選択肢は俺には無い。

 そんなことをすれば、こんな落ちこぼれを鍛えてくれたシャーロットに面目が立たないし、何より今までの自分の選択や意思を裏切ることになる。そんなことは断じてできない。


 とにかく、このまま慣らしの訓練は続けるとして。

「放課後図書室に行って何か役立つ本がねえか調べる。もしかしたら改良できるかもしれねえ。お前も来るか?」

「そうだな。契約する悪魔について調べたいこともあるし、そのついでに手伝ってやろう」

「そいつはどうも」


 相変わらず不遜な物言いに呆れつつ、俺は次の授業に向けて教室を出た。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 放課後、俺とエレノアは約束通り図書室に来ていた。


「何か見つかったか、フェイト」

「いや、特に何も」


 俺とエレノアは、【歯車の剣】の改良に繋がる、もしくは増幅した魔力を拒絶反応なしで受け入れることに繋がる本を探していた。


 それからしばらく探していたが、いつもの如く、俺たちはこの図書室で目当ての本を見つけることは出来なかった。

 本当にありとあらゆる魔導書や学術書がここにあるのかと疑いたい気分だが、俺たちが探しているものがニッチ過ぎるので文句を言えない。言ったところで仕方ないが。


「やあ君たち。図書室で本を探しているとは、勉強熱心だね」


 二人で椅子に座って一休みしていたところ、不意に、しゃがれた男の声が背後から聞こえて来た。


 俺とエレノアは二人同時に振り返った。


 今、図書室には俺たち二人しかいないからだ。

 

 振り返った先にいたのは、頭頂部が天井の明かりで照らされ、その周りに細い白髪がちょろちょろと生えた白衣の年老いた男性。

 身長の割に細身で、どこか不健康な印象を与えてくるその男性は——以前ライから聞いたことがある、めったに学院に来ないと有名の講師だった。


 講師なのに学院に来なくていいのか、と思ってしまうだろうが、この学院に勤める彼らは、一講師であると共に一研究者でもある。研究のためと言えば、講義を開かずともその立場が保障されているのだ。


「バーリア先生?」

「あれ。君、僕の研究室にいたっけ?」


 先生は俺の顔をまじまじと見るが、やはり見覚えが無いのだろう。うんうんとうなりながら考え込んでいる。


「あ、いえ。先生のことは以前から聞いてましたから。それで知ってただけです」

「そうかそうか。でも、先生なんてよしてくれよ。もう何年も教鞭は取ってないんだ」

「先生の論文が学会で好評だって聞きました。講師をしてる暇なんて無くて当然ですよ」

「そうだけど、一体誰から聞いたんだい? 学生が学会に出席することは無いだろうし」

「シャーロットから聞きました」


 俺がそう言うと、先生はハッとした様な表情になって。


「ああ、君がシャーロット君が言っていた少年か」


 あの女が何を言っていたのかはひとまず置いて、俺は先生に名乗った。


「フェイト・レイノーンです。こっちは同じチームのエレノア・シールエール」

「よろしくね、フェイト君、エレノア君」


 どこか気まずそうにしていたエレノアは、珍しくぺこりと頭を下げた。


「ロイド君は元気かな?」


 俺はその名前に聞き覚えは無かったが、エレノアは違ったようだ。


「ああ、嫌になるほどな。昨日も縁談を持ってきやがった。当然ボコボコにして追い返したが」

「はははっ。彼も君が心配なんだ。許してあげなさい」


 二人の会話に俺が困惑していると。

「おっと、フェイト君をほったらかしにしてしまったね。エレノア君の父親、ロイド君は僕の教え子でね」

「ああ、なるほど」


 俺はその話を聞いて、いつも傲岸不遜なエレノアの妙な態度に納得がいった。


 ふと、違和感が走った。


「そう言えば、先生は他の講師と一緒に国境に行かなかったんですか?」

「僕の専攻は〈魔法史〉だから、荒事は苦手でね。きっとこの学院の生徒の方が僕より強いと思うよ」


 確かに、バーリア先生からは戦いが得意な魔術師特有の空気感は感じられなかった。

 実践も兼ねた研究者が多いこの学院の講師たちのなかでも、彼は完全に座学の方の研究者なのだろう。

 同じ感覚は、完全に自分の進路を研究に決めた四年生たちにも感じたことがある。


「それで、二人はどうしてここに? 何か困ったことがあるなら相談に乗るけど」

「え、良いんですか?」

「もちろん。僕はこの学院の講師でもあるしね。たまには学生の相談に乗ってもバチは当たらないでしょ」


 そう言われた俺は、さっそく先生に相談をしようとした、その時。


「悪魔を召喚するにえを探しているんだが、何が良い?」

「ちょっ、おま―—」


 俺の言葉よりも早く、隣に座るエレノアが話し始めた。


「どんな悪魔か聞いていいかい?」

「地獄の第八層。魔剣と呪いの権能を持った、【鮮血と仮面の騎士】だ」


 エレノアが言っている悪魔の正体は、俺には全く分からなかった。

 魔術師として悪魔に関する一般的な知識は持っているが、流石に個々の悪魔の名や権能についての知識は持ち合わせていない。


「それはまた、厄介なのと契約しようとしているね」

「フェイトと協力すれば倒せるとは思うんだが、呼び出すのにできるだけ魔力を使いたくない」


 未契約の悪魔を召喚するには大量の魔力が必要となるが、適した贄を用意してやればその限りではない。


「なるほど、そういうことか……」


 先生はしばし考え込んだのち、エレノアに解決策を示した。


「それなら、黒兎の耳と神鳳フルスヴェルグの血を用意すればいい。神話の時代、彼が好んで食した物だからね。仕入れ先は——」

「それなら問題ない。実家から送ってもらう」

「そうか。なら良かった」


 そして、エレノアは視線だけで、次は俺の番だと言ってくる。


 ちょっと待て。強力とは聞いてたが、そんな物騒な奴と戦わされるのか、俺は。


「フェイト君の方も、何かありそうだね。言ってみなよ」


 先生にもそう促され、俺は自分と【歯車の剣】に関することを質問した。

 拒絶反応を抑える方法、もしくは改良方法だ。


 俺の話を聞き終えた先生は、困ったような顔をしていた。


「うーん。ごめん。流石に僕の専攻とは離れすぎてて……」

「そうっすか」


 かなり期待していたため残念だったが、分からないなら仕方がない。

 俺はそう思うことにし、だがやはり落ち込んでいると。


「あ、そうだ」


 手をポンと叩き、何かを思い出した様子。


「なんですか?」

「【殲滅天使ザリア】って知ってるかい?」

「はい? 天使?」

「うん。まあ厳密には天使とはちょっと違うんだけどね」

「じゃあ何ですか?」


 俺の疑問に、「その前に」と前置きをして訊いてきた。


「聖典戦争は知ってるよね?」

「それは、はい。知ってます」


 聖典戦争。それは、神が天界に隠遁した直後。神話の時代の少し後に起きた、世界中を巻き込んだ戦争だ。


 当時、世界は二つの勢力によって支配されていた。

 圧倒的な軍事力によって大陸地図を一色に染め上げた国、リーガイズ大帝国。

 そして、現在でも圧倒的な信徒数を誇るアリストリア教。


 リーガイズ大帝国はアリストリア教が管理している聖典を差し出すように要求したが、神の啓示によって聖典を封じていたアリストリア教はその要請に応じなかった。


 そして、力ずくで聖典を奪取しようと帝国が世界中のアリストリア教の支部に攻撃を仕掛け、それを以てして宣戦布告として戦争が始まった。 


「当時、リーガイズ大帝国はその圧倒的な魔法の力で世界中のアリストリア教の軍隊を蹴散らしていった。その時、最強最悪の兵器として使われていたのが、【殲滅天使ザリア】なんだ」

「へえ。そんなことがあったんっすね」


 戦争が起きた原因やその最終的な結果は知っていたが、魔法史に関する授業を取っていなかったためそれ以上詳しくは知らなかった。


「大天使を召喚、殺害してその魂を人間を器として封じ込めて利用する。これが【殲滅天使ザリア】の詳細だ」

「えぐいな」


 大天使の召喚、ましてや殺害など普通に考えれば不可能だ。

 当時の大帝国国王は超優秀な魔術師でもあったというのは本当だったのか。


「でも、最初は上手くいかなかったんだよね。人間の魂と、天使の魂は同居できなかった。拒絶反応のせいで、戦うどころかロクに動けもしなかったらしい」


 その状況は、今の俺と似通っていた。魂と魔力では違うが、無理やり二つ物を身体に入れて拒絶反応を起こしているというのは共通している。


「考えれば当然だよね。人の器が大天使の魂に適合できるはずがない。一つの器に一つの魂。魔法の大原則だ。

 そこで当時の魔術師たちは考えた。大天使の魂を安定させるのに、人の身体と魂は不可欠。大天使の魂に手を加えるのは無理。

 だったら、人間の魂の方をいじくればいいんじゃないかってね。幸い、子供の魂は上手くやれば変質させることは可能だ。それでも超絶に高等技法だけど。

 結果的に、適正がある十歳の子供の魂を弄って完成したらしい」

「そんなことが……」


 現代なら子供を戦いに巻き込む、ましてや子供を使った人体実験なんて考えられないが、当時は別だったのだろう。


「でもそれじゃあ何で帝国は滅んだんですか?」

「【殲滅天使ザリア】は完成したけど、大天使の力を人間が制御できるはずもなく、最後はそいつの力で領土が消し飛んだらしいよ」


 なるほど。そんなことがあったのか。だが。


「それで、どうしたらいいですかね?」

「はは、ごめん。遠回りしすぎたね」


 元々俺は魔法史の質問をしたのではない。【歯車の剣】を使う方法を知りたかったのだ。


「帝国と同じことをすればいい」


 先生の言葉を受け、俺はしばしの間思考を巡らし。


「そうか。その手があったか……」

「さすがに、これ以上は僕も分からないけど。最低限講師の務めは果たせたかな?」

「これ以上ないくらいっす」



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 バーリア先生から助言を受けた後日、俺は寮の地下にある実験室で夜通し作業をしていた。

 以前ここを使った時とは違い、椅子や机はそのままにしている。


 机の上には、【歯車の剣】を作った際に余った少量の神鉄が、魔法によって加工された状態で置かれいていた。


 自分で書いた設計図を基に、それを組み立てていく。


「えーと。これはここで……」


 幸い、以前購入した神鉄の量で事足りた。なにせ、今回作っているものは前回作った【歯車の剣】よりもかなり小ぶりなものなのだから。


「できたか?」


 暫くすると、エレノアが両手にサンドイッチが乗った皿を持ち、背中で扉を開けて実験室に入って来た。


「ああ、丁度できたとこだ」

「そうか。間に合ったか」


 決闘トーナメントまで残り二日。明日にはルール説明が行われる予定だ。


 俺は完成したそれ―—拳程度の大きさの球体——をエレノアに手渡し、持ってきてくれたサンドイッチに手を付けた。

 抗議が終わってからすぐ作業を開始して今まで続けていたので晩飯を食っていなかった。

 空腹だったためか、かつてないほど美味かった。


 俺がサンドイッチに舌鼓を打っている間、エレノアは俺が渡した球体と机に広げた設計図を見ていた。

 乱雑に書いたせいで分かりずらいが、流石はエレノア。すぐに構造と機能を理解したようだ。


「ははっ、これはすごい。こいつで魔力を練り上げているのか」

「ああ。これなら、俺の中で二種類の魔力が反発して暴走することは無い」


 拒絶反応の原因は、普段心臓でしか魔力を熾さず、それしか使わない俺の身体が、【歯車の剣】で増幅した魔力を自分のものとして認識できなかったためだ。


 だが、新たに俺が作った装置。最初にシャーロットから預かった歯車がモデルの球体は、取り込んだマナを魔力に昇華する機能を持っている。


「だが、これをどう使うつもりだ? この装置で熾した魔力も、お前は使えないはずだ。制御ができないからな」

「もちろんその方法も考えてある。その為にお前を呼んだんだ」

「ん? どういうことだ?」


 疑問を示すエレノアに、俺は自分の考えを話した。


 俺の言葉にしばし呆気にとられたエレノアは。



「バカかっ!? そんなことができるはずがないだろう!」



 そんなふうに声を上げた。


 密閉された実験室に、エレノアの怒鳴り声が響いく。


「バカとは、ひでえな」

「バカなものはバカだ。そんなことは不可能だ!」

「お前の悪魔でも無理なのか?」


 俺の言葉に、エレノアは珍しく苛ついた様な表情になる。


「できる出来ないの問題ではない。そんなことすれば、フェイト、君は……」


 その続きを、エレノアは言葉にしなかった。

 だが、彼女が言わんとしていることは理解できた。俺が提案した方法は、下手をすればそうなってしまうことが予想できたからだ。


「とにかく、それは無理だ。他の方法を考えろ」


 そうきっぱりと断って、エレノアは実験室を後にした。

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