第7話 試作品第一号

「こっちの準備は良いぞ、フェイト」


 エレノアにそう言わた俺は、改めて周囲の状況を確認した。


 俺たちがいるのは、学院の地下に作られた魔法実験室。危険な研究や実験が日常茶飯事の魔法や魔法道具の開発に使われている部屋だ。

 幾重いくえにも張られた結界、高い魔法耐性をもった物質で作られた部屋。密閉度の高い実験室には光源となる蝋燭ろうそくが部屋の外側を沿うように並べられている。


 備え付けの椅子や机の類はあらかじめ部屋の外に出している。これから俺たちが行おうとしていることを考えれば当然だ。

 実験用に設置された備品を傷つけでもすれば、最近本格的に節約しなければいけない俺の財布がさらに寒くなる。


 エレノアは一体の悪魔が召喚していた。

 鋭すぎるくちばしと爪の、豪奢な翼を動かしてホバリングする怪鳥の悪魔だ。


「よし、行くぞ」


 自分にだけ聞こえる声で決意を固めた俺は、腰に吊るした剣を鞘から引き抜いた。


 先日魔法道具屋で購入した、神鉄ミスリルを魔力を通した特殊な工具で自作した剣だ。


 剣身と鍔が重なる部分には土台となる大きな歯車が一枚あり、その中にも小さな歯車が少しのずれも無く組み合わせられている。


 まだ試作段階なので特に銘はつけていなが、俺とエレノアは便宜上、【歯車の剣】と呼んでいる。


 俺がこの魔法道具を設計したのは、シャーロットと夕食を食べたその日の夜だ。今まで魔法道具の自作なんてしてこなかったが、意外にも上手くいった。


 俺の《原典》は依然白紙のままだし、それを解決する手段は何一つ見つかっていない。優秀な魔術師や、魔法に関する書物が集まるこの学院に在籍し、時間をかければ、原因くらいは判明するかもしれない。


 だが、俺には決闘トーナメントを優勝するという直近に迫った目標がある。


 毎年開催される決闘トーナメントでは、優勝チームには特別な報酬が与えられる。

 その形に特に決まりはなく、これまでの優勝チームの中には例えば自分の魔法研究のための環境だったり、国宝級の魔法宝物アーティファクトだったりを得た生徒もいるらしい。


 俺が願うのは、当然と言うべきか、学費や生活費の援助だ。

 流石にこのまま学院に通いながらバイトを続けるのは無理がある。というか、もともとそうするつもりだった。


 学年が上がれば今以上に訓練や課題が忙しくなるだろうし、将来のことを考えれば何らかの魔法の研究も必須だ。


 勿論、ただ報酬目当てに参加する学生は少ない。むしろ、自分の腕試しだったり、実力者と戦うことで強くなろうという考えの生徒が殆どだ。

 王族であるアリスが参加しているのがその証拠だ。他にも、有力な貴族の子供なんかは同じだろう。

 

 俺は剣を構え、魔力をおこした。

 そして、その魔力を【歯車の剣】に流していく。普通の鉄でできた剣であればその時点で砕けてしまうだろう。だが、俺が手にしている剣の素材はは神鉄ミスリル。この世界で最も魔法耐性が高い鉱物だ。


 俺が流し込んだ魔力が歯車に届くと、ゆっくりと歯車が回転を始めた。

 僅かなずれも無く組み上げられた大小さまざま歯車は互いに影響を与え始め、はじめは小さな一つしか動かなかったそれが、しばらくすると土台となっている歯車さえも回転し始めた。


 俺が最初に熾した量の倍以上の魔力が、【歯車の剣】の中に感じられた。

 剣に取り付けられた歯車が、俺の魔力を増加してるのだ。


 今、俺と【歯車の剣】には霊的な回路パスが繋がっている。俺が剣に魔力を流し込み、剣の歯車がそれを増幅し、そして最後に俺へと還元する。


「エレノア、頼む」

「了解だ」


 エレノアは召喚した怪鳥を俺に差し向けた。


 俺は剣を構え、こちらへ飛んでくる怪鳥を真っすぐに見つめる。


 これは余談だが、エレノアが召喚している悪魔は、破壊されたからといって死んで召喚できなくなるといったようなことは起きない。


 そもそも悪魔とは、俺たちと同じ世界に住んでいる存在ではない。平常、彼らは俺たちと別次元の世界にて生きている。


 だがその生き方も、俺たち人間や動物とは全く異なる。


 彼らは肉体を持った実体として存在しているのではなく、概念として存在しているのだ。


 例えば、『翼の生えた醜悪しゅうあくな顔をした化物』、『身の丈を超える大剣を担いだ、甲冑を着込んだ人型の影』『地を這い疫病と飢饉ききんをばらまく大蛇』。そういった概念として存在している。


 エレノアの《原典》に記された魔法は、概念として存在する悪魔を、俺たち人間が理解できる姿かたちに受肉させ、使役するのだ。


 概念存在を俺たちが召喚し使役するのは普通は不可能。召喚するだけならにえとなる人間の身体と魂、魔力を用意してやればできるが、強力な力を持った悪魔を使役など到底できない。


 エレノアが悪魔を使役しているのは、彼女が稀代の悪魔召喚の天才であると同時、《原典》によって悪魔と契約するための魔法陣を描くことができるからだ。

 本来、魔法陣とは召喚した悪魔を拘束するための物だった。時を経ることでその使用方法も変わってしまったのだが、彼女の《原典》の魔法は未だにそれを忠実に保っているらしい。


 そして、概念を受肉させるという方法で召喚しているため、エレノアが召喚した悪魔に命はない。受肉した身体が消滅したところで、その本質が消え去ることはない。


 アリスが振る悪魔祓いの聖剣でさえ、悪魔を俺たちの世界から元の世界へ送還することしかできないのだ。


 剣で増幅した魔力が、俺の中に還元された。

 今まで感じたことのない全能感に身体が包まれる。


 上段に構えた剣を、眼前にまで迫った悪魔に向けて振り下ろした、その瞬間。


「——ぐっ!?」


 突然、今にも破裂しそうな痛みが心臓に走った。


「フェイト!?」


 その場に倒れ込み、痛みに蹲る俺に駆け寄って来るエレノア。すでに悪魔は元の世界に送還している。


「どうした、何が起きた?」


 エレノアが近く問いかけてくるが、俺は痛みで返答すらできない。

 その様子に困惑しているエレノア。無理もない、倒れ込む俺に外傷は何一つ存在しない。

 俺を苦しめ居ている痛みは、俺の身体の内部に存在しているからだ。


 それを察したエレノアは、すぐに霊的な視野で俺の身体をた。


「どういうことだ。体内で魔力が暴走しているぞ……」


 身体の中で魔力を暴走させてしまうのは、魔法を覚えたての子供が調子に乗ってやらかす失敗の代表例だ。

 身体が追い付かないほどの魔力を心臓で熾し、制御を失敗して、その結果暴走させてしまう。


 学院に入学するような生徒がするはずのない失敗だ。いくら落ちこぼれの俺でも、そんなミスは絶対にしないと言い切れる。


 ならなぜ、俺の中で魔力が暴走しているのかというと。


「これのせいか……」

 エレノアの視線の先に、倒れた拍子に落とした【歯車の剣】が転がっていた。


 きちんとした検証をしてみないことには断定できないが、理由はある程度分かっている。

「自分が熾した魔力と、で増幅した魔力がぶつかって制御できなかったのか」

「あ、ああ。そうだろうな」


 なんとか話せるくらいに回復した俺は床に座ってそう答えた。


 シャーロットからアイデアを貰い、大金を払って買った素材で作った俺の魔法道具の試作品第一号は呆気なく失敗に終わった。

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